第204話 華の国のお客様(1)

 グレースに死体なんてあげられないわと一蹴された俺たちはシシ・アマツカゼのアドバイスで極東へ向かった。

 医療技術がエンドランドよりも進んでいる極東では「脳死」と呼ばれる脳が死んだ状態の死体が移植用として冷凍保存されているらしい。

 ゾーイが移植手術に長けているのは極東で修行を積んだからというのがなんとなくわかった気がした。


「エルフの男性か」


「ラクシャさんの頼みなら……そうだな。そういう死体が見つかったら連絡をするよ」


 イザナギからの書状を持って俺はギルドへ戻り、ヴァネッサには順番待ちであると伝えてやっとこさ、落ち着いて農場や流通部の仕事に集中できそうだった。


「あの魔石があれば脳みそがあるだけで新しい体にくっつけるのか?」


「まずは私の脳みそを移植し、回復魔術でくっつける。その間にこの魔石を小さく凝縮して……体の心臓に当たる部分に埋め込むと魔力が生命として循環し、見事新しい私が生まれるわけでな」


 聞かなきゃよかったと思うくらいヴァネッサは喋り出す。


「すなわち、魔石によって復活できるってことだな」


 ヴァネッサが真紅の魔石の素晴らしさについて語りだしたところで俺は席を立つ。魔石の中にいると食事する時間が省けていいとか、こいつの考えにはついていけないぜ……。


 俺は流通部の執務室に戻って一息ついた。安心できる香り、山積みの資料や書類。俺のデスクよりもミーナのデスクの方が汚くて……床にはくろねこ亭のランチボックスが積み重なっている。


「お疲れ様」


「ミーナさん」


「大変だったわね。ヴァネッサのこと」


「えっと、現在進行形で大変です」


「ロクでもない人だけど根本は優しいのよ。許してあげて」


 ミーナは疲れた顔で目尻を下げて笑った。あぁ、この顔をみると安心する。


「で、畑の方はどう?」


「シューとフィオーネに任せてますがかなり広くなりますよ。なので、ロームとの流通経路もガンガン広げようかと」


 ミーナは「いいなぁ」と手足を伸ばす。年増なのにこんな可愛い仕草をしてもしっくりくるのはずるい。

 エリーが俺のデスクの書類を整理している。


「そうだ、例の人魚ちゃん。可愛いわねぇ」


「鬱陶しいけどな」


 エリーは「確かに」と言いながら給湯室の方へと向かう。


「そうそう、今日は外国からお客様がくるからエリーが用意した服に着替えてね。新しい流通経路を広げる大チャンスよ」


 ということは、極東でもロームでもない国……。


「華の国……リュウカよ!」


 リュウカと言えば、人間が多く住まい統治する大国だ。歴史のある文化と豊かな料理、広い領地が魅力的だったはずだ。

 たしか、エンドランドとは協定を結んでおりリュウカの領地内にあるダンジョンにポートが作られていたと思うが……。


「女王キラーのソルトさんが大活躍するかもですね」


 エリーのとんでもない発言をミーナは苦笑いでやり過ごした。確かに、グレースにもイザナミにもよくしてもらってはいるが……。


「それはそれは美しい女性だそうですよ、ソルトさんのおかげでお目にかかれるなんて光栄です」


 エリーはお茶を置くと俺とミーナの衣装を取りに部屋を出て行った。


「でもなんでエンドランドへ?」


「あぁ、なんでも大変な飢饉なんだそうよ。それで、エンドランドに調査の協力をしてほしいって話だわ」


 それで俺が呼ばれた……と。


「それって断れますか?」


「だめよ、ラクシャ様の命令だもの」


「どうしてもですか、親父が対応するんじゃだめっすか?」


「だめ」


「ミーナさん、俺ゆっくりしたいんすよ」


「だーめ」


「えぇ、そこをなんとか!」


「リュウカ独特の作物……育てられたら料理の幅が広がるとおもうわよ。ねぇ、極東料理に並んで美味しいとされるリュウカの料理……気にならない?」


 あぁ……俺の心がガクンと揺れ動く。

 作ってみたい。


「給料アップでお受けします」



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る