第203話 脳みそ(2)


 家について俺は泥のように眠った。ヒメとソラに叩き起こされた時にはもう昼を過ぎていて、農場と牧場には元戦士たちの声が響いていた。

 よくみりゃ丸1日どころか2日に近い時間、俺は眠っていたようだった。

 眠る前の出来事はまるで夢じゃないかと思うくらいで、特にヴァネッサ魔石のことだ。


「まだ寝るにゃぁ」


「起きてください〜。お客さんですよ〜」


「客?」


「はい、レオナルドさんの親御さんです」


 俺は飛び起きた。急いで口をゆすぐと髪の毛を整えて応接室へ向かう。


「あぁ、すみません」


 レオナルドの両親は俺が部屋に入ると立ち上がって挨拶をしてくれた。そうか、彼の葬儀が終わったのだろう。


「ソルトさん、息子の葬儀がおわりました。そこでお願いがありまして」


 レオナルドのお父さんは小さなガラスの瓶を俺によこした。綺麗な装飾のその瓶の中には遺灰が入っていた。レオナルドのものだろう。


「ダンジョンで冒険をしてみたい。それが息子の夢の一つでした。もしよければ……どこかのダンジョンの中に撒いてやってくれませんか」


「ええ、わかりました」


 俺は遺灰の入った瓶を握った。

 ヴァネッサが魔石の中で生きているとしても、死んだ者はいる。事実、レオナルドはこんな小さく、無機質なものになってしまった。

 レオナルドの声も顔もはっきりと思い出せる。アホみたいな推理を俺に話にやってくるんじゃないかと思ってしまう。

 目頭がジンと熱くなって、俺は思わず俯いた。


「ありがとう、ソルトさん。たまには……息子に会いにきてやってください」


「ええ」


「それにしてもすごくにぎやかな場所ね。落ち着いたら、お野菜買わせてね」


 この人たちも俺も彼の死を乗り越えようとしている。こうやって、人間は死と向き合っていくのだ。悲しくても辛くても……。


 レオナルドの両親を玄関で見送って、俺は自分の部屋へと戻った。ダンジョンか、あいつが喜びそうなダンジョン。うーん……。


「とっておきの人選がいるにゃ」


「えぇ?」


 シューはさっさとロームに向かいたいみたいだ。


「レオナルドも好きにゃ女の子に運んでもらう方がよっぽど喜ぶにゃ。それに、ソルトなんかよりサブリナの方がいろんなダンジョンに行くにゃ。これからもずっとにゃ」


 あぁ……そうか。

 

「その方が、喜びそうだよなぁ」


 レオナルドが鼻の下を伸ばしているところが目に浮かんだ。いいやつだったよなぁ。本当に。

 

「ソルト殿! ワカヒメ様よりお便りと贈り物です」


 ソラは笑顔だ。いい笑顔。

 俺は日常に戻ってきたんだな。


「なぁ、シュー。いいこと思いついたんだけど」


「なんだにゃ」


「俺さ、ヴァネッサから魔石返してもらうのやめたわ」


「にゃにゃっ!」


 俺の顔を見てシューが「悪い顔のソルトにゃ」と言った。

 そう、俺はとても悪いことを考えている。


「あれ、まるごと研究部に売ろう。もちろん、そこらの宝石商なんかよりもずっと高値で」


「大賛成にゃ」


***


「そうだな、その金額なら飲もう」


 ヴァネッサ魔石は俺の条件を簡単に飲んだ。というか二つ返事だった。もっと高値にするべきだったか?

 明るいところで見るとやっぱり気持ち悪い。

 人魚が入っていると幻想的だったのに、脳みそが浮かんでいるのはその……フォルム的になんというか、グロい。


「そういえば、エルフの男の死体探したとして、どうやって脳をくっつけるんだよ」


「超適切な人材がいるんで心配はいらないよ、今にわかる」


「ヴァネッサさん! 秘密なんですから」


 クシナダがヴァネッサ魔石に向かって言った。だから、なんだよそれ。すごく気になるって……。


「入るわよ〜」


 ちょっと傲慢な感じのこの声はゾーイだ。

 まさか……?


「勘が鋭いな。さすがは名探偵だな」


 ヴァネッサの小言を無視して俺はゾーイの方に目を向ける。


「ゾーイが脳を移植するって?」


「ええ、ネルと優秀な回復術師と協力すれば不可能じゃないわ。そんなことよりもほら、見せてあげなさいよ」


 ゾーイは自分の後ろに隠れている誰かを無理やり前に立たせた。

 俺は彼女を見て思わず声を上げる。


「リア?」


 リアは恥ずかしそうに俺を見つめていた。

 なぜ彼女が恥ずかしそうかというのは、一目瞭然だ。


「その目……」


「私の目だ」


「ちょっとヴァネッサ! ネタバラシしないでよ〜」


 ゾーイが口を膨らませた。

 いつもなら可愛い眼帯がしてある目、今は綺麗な紫色の瞳が輝いている。栗色の瞳と紫色の瞳の不釣り合いさがなんともいえず幻想的だった。


「彼女に私の死んだ本体の目を差し上げたんだよ。そうそう、ゾーイ嬢のために足もやると言ったんだが断られてな」


「この足は私の戒めなの。いいでしょう」


 ゾーイは義足の方をパチンと叩いた。


「と、いうわけで私の体はゾーイ嬢をはじめとした医師たちが、パーツが必要な奴らに与えてしまったよ」


 生きながらにして自分の体のパーツがバラバラにされるってのはその……やっぱヴァネッサはイかれてやがる。

 自分の体をパーツって……。


「まだ……ぼやけているけど私……ありがとうございます」


 リアは新しい瞳を涙ぐませた。


「いいんだ、君のパイは私の好物だからね。そんなことよりも、さっさと死体を調達してくれるように君の師匠に頼んでくれ」


 ヴァネッサの言葉にリアが頷く。

 なんというか、あんなことがあって、舌の根も乾かぬうちにとんでもないことを言い出すヴァネッサに俺はびっくりしながらも明るい気持ちになれた。

 エスメラルダではないが、祖先あっての子孫あり。血筋には逆らえないのかもしれない。


「グレース様に聞いてみるよ。でも期待するなよ」


「あぁ、早く研究がしたいんだ」


「それはそうと、ソルト。ちょっと嫌な感じなのよね」


 ゾーイが流れを断ち切って険しい表情になる。なんだろうか。


「エスターさんが責任を取って幹部を辞めたの。その後任が古い体質の戦士であんたのお父さんと真っ向から喧嘩しててさ……それに、新しい薬師部の幹部もかなり厄介でね。私もネルも手を焼いているの。トラブルが起こるかもしれないわ」


 やることが山積みのようだ。


「シュー、悪いけどコレクションルームは自分で手配してくれるか。あと、できれば農場の近辺の土地とくろねこ亭の増築を大工たちにお願いしてくれ」


「承知にゃ」


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