第201話 憩いの暖炉(2)
ロームの新しい城は豪華絢爛だった。エンドランドの城をモチーフにしたらしい。石造りの城なら暖炉を作るのは簡単だな。
設計図をロームの大工たちに渡して、俺は女王の部屋に暖炉を建設する準備をする。
と行ってもロームはエンドランドほど寒くはないし、本格的に稼働しないだろうから小さい暖炉だ。
「おっ、久々だなぁ!」
俺に笑顔で手を振っているのは多分炭鉱担当の誰かだ。前にあったときは仮面をかぶっていたから正直顔では判断できない。
彼が持っているつるはしを見て判断する他なかった。
「暖炉を作りにね」
「ほぉ〜! エンドランド風の暖炉か。ってもこっちはあったかいからあんまり見ないなぁ」
「女王さんの部屋にな」
「よし、レンガ使うだろ! 手伝っちゃる!」
「あ、ありがとう。いいのか?」
「おうよっ、仕事もひと段落したしな。兄ちゃんたちが来てから随分国が豊かになってよ。毎日美味しいもんがたっくさん食えて、うまい酒、女房も料理が楽しいって明るくなったんだ」
ガシガシと肩を掴まれて俺は思わず笑ってしまった。
そっか、エンドランドで起きたあの悲劇をここにいるエルフたちは知らないのだ。だから、暗い顔した俺を励まそうとこんな風に声をかけてくれたのだろう。
「今回もリアを連れて来たから……新しい作物と料理……たくさん聞いて行ってくれ」
俺なんかよりもリアの方がロームでは人気だ。
「ソルトさーん! 薪にするならどんなんがいいすかねぇ!」
あっちこっちで呼ばれて俺はてんてこ舞いだ。女王お付きの騎士たちに暖炉の使い方をしっかりと教えてピカピカの暖炉が完成した。
「作り方は覚えたかしら?」
グレースの問いに大工たちは元気の良い返事をした。
「なら、城の大広間にも作ってくれるかしら」
「グレース様、それは難しいかもしれません」
言いにくそうな大工たちに変わって俺が発言をする。グレースの部屋のように城の最上階……つまりは屋根に近い場所であれば簡単な工事で暖炉と煙突を作ることができる。しかし、城入り口となると暖炉からの煙を逃す煙突を作るのが大変難しくなってしまうだろう。
俺の心の声を聞いたのかグレースがふてくされたような顔をする。
「皆がましゅまろ……を食べられる場所を作りたいの」
だとしたら屋根が近い場所じゃないと厳しいな。
「なら、食事場はどうです?」
大工の一人が提案した。いいかもしれない。料理長はニコニコしているし、多分大丈夫だろう。
「もういっちょ、頑張るかぁ!」
「ねぇ、ソルト。来てくれない」
暖炉を作りに行こうと思った最中、俺はグレースに呼び出されて地下へと向かった。
「地下にはね、やっぱり水浴び場を作ったの」
そう、俺とグレースは……なんどか前の城にあったグレース専用の水浴び場で言葉をかわすことが多かった。
美しい泉のような場所で水につかるグレースの美しさといったら……
「まぁ……光栄だわ」
「いえ、すみません」
「えへへ〜、ここ好き」
バシャバシャと水しぶきを上げているのは翡翠だった。緑色の鱗が光を反射してぬめりと輝いてる。
幻想的な泉をモチーフにでもしたのかと言いたくなるくらいおしゃれな水浴び場。俺はブーツを脱ぎ捨てて足だけを水につけた。
シューは嫌がって外で待っているそうだ。
「エンドランドのエルフたちは、まだ見ぬロームを楽園のように思っていると貴方の秘書から聞いたの。だからね、本当にそんな風にしようとそう決めたの」
グレースが服をはらりと落とすと水の中に飛び込んだ。
グレースの周りを翡翠がぐるぐると泳ぐ。
「なんかもう慣れてきたな……」
「ねぇ、ソルト。あっちのみんなが心配してるよ?」
「ふふふ、ソルトは私がもらったのよ?」
グレースの言葉に翡翠が顔を真っ青にして水の中に潜って行った。人魚とは不思議なもので、水を通して瞬間移動ができるのだ。
今頃くろねこ亭のたらいか、農業用水路にでも出てチクっているんだろう。
「小娘を懲らしめるのもほとほどにね」
なんでもお見通しだ。
わかってる。でも、ヴァネッサを慕っていたクシナダやナディアを悲しませてしまったのは本当だ。
「でも、いざとなったらいつでもここへ来るといいわ」
——ざぶん
グレースに引っ張られて俺は水の中へ落ちた。
すべて水に流せたらいいのに。
「ナディアちゃんが泣いちゃった!」
翡翠は渦巻きのごとくぐるぐると泳ぎ倒しながら言った。本当に瞬間で戻って来たんだな……。
そして、翡翠はまた瞬間移動でどこかへ泳いでいく。
サングリエは一体クシナダとナディアに何を吹き込んだだろう。
「知りたい?」
「グレース様、知ってるんですか?」
「あの時、サングリエの心の声を聞いたのよ」
「気になります」
——ソルトがロームにお婿さんに行くことになった。もう2度と帰らない
「あいつ……なんつーことを」
「帰るのが楽しみになった?」
グレースがいたずらに笑った。
「さっきよりも帰るのがおっくうになったよ」
「なら、帰らないで私と一緒にいる? 時期女王に……人間とのハーフもいいなって思っていたところだわ」
——?!
「遠慮させていただきます」
「残念だわ」
俺はびしょびしょで水浴び場を出て来たところを迎えにきたリアに見つかって「卑猥」だとか「いやらしい」だとかいろんな勘違いをされた。
日帰りで帰る俺たちに帰らないでくれとロームのエルフたちは口々に言ったが、俺がお婿さんに行っていると勘違いしたガキどもがいると思うといてもたってもいられない。
「ソルトさん、私はソルトさんが好きです」
「えっ?」
「あっ、そうじゃなくて! そうじゃないですよ」
だよな。俺が安堵したのをみてリアは頰を膨らませる。
なんて理不尽なやつなんだ。
「私も、ソルトさんと同じ立場にいたら同じようにエスメラルダちゃんを助けたいと思います。あんな辛いこと……したくないって思うはずだから。私やゾーイが前を向いたように前を向けるかもしれないから。やだ、ソルトさんのあまちゃんが移っちゃいました!セキニンとってくださいよ〜」
ありがとうリア。
「あっ、翡翠を忘れてきたにゃ」
「あいつは勝手に帰って来るだろ。騒々しいから帰ってこなくてもいいし」
「やっと元のソルトが戻って来たにゃ」
「おかえりなさいっ」
俺はむず痒くて後頭部を掻いた。
俺は俺のあまちゃんで起こってしまったことの尻拭いをさっさと終わらせて、この傷を癒すためにのんびり暮らす。
「シュー、新しく欲しい施設はあるか」
「シュー専用のタバココレクションルームにゃ」
「よし、作ってやる」
「えー、シューちゃんばっかりずるい〜」
ポートが光った。俺はエンドランドへ戻って来たのだ。
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