第200話 憩いの暖炉(1)
古書店にたどり着いた俺はお気に入りのソファーに身を沈めた。シューは寝っ転がった腹の上に乗っかると香箱座りをして寝息を立てた。
サングリエは俺にわざと声をかけない、あったかいスープをテーブルに置いて台所へと戻っていった。
ありがたい。
「無力だな……鑑定士って」
シューの背中を撫でながら俺はぼやいた。
「違う、俺の勇気がないからだ」
レオナルドはサブリナを守るために立ち向かった。ヴァネッサは俺を守るために立ち向かった。
俺は検死台の上に乗るのが怖くて……大切な人を見殺しにしたのだ。
「違うでしょう」
その声の主はサングリエでもシューでもない。品のある声だった。
俺はその人を見てまず、なんでここを知っているのか疑問に思った。というか、危ないのでこんなところにいてはダメだろう。
「グレース……様」
「ふふふ、大丈夫よ。しっかり護衛はつけた上でギルドを抜け出してみたの」
おぉ……今頃ギルドでは大変な騒ぎになってるぞ。来賓の女王が行方不明なんて前代未聞だ。
「そうやって……いつも人のことばかり。大丈夫、ナナとプリテラがなんとかしているでしょう」
グレースは優雅に扇子で顔を仰いだ。ふわりとエルフの香りが広がる。
「ソルト。あなたはいつだって皆を助けようとする。あの……エルフの子を助けたいと思った。だから、仲間を死なせてしまった」
俺はびっくりして起き上がった。シューが吹っ飛んで「シャーッ」と唸る。
「わ、わるい……シュー」
「にゃにゃっ、もうシューちゃんの癒しタイムは終わりにゃ」
シューはプリプリと怒ったままカウンターの上へと登り、丸くなってしまった。
俺が……エスメラルダを助けたいと思った?
「だってそうでしょう? あなたはいつだって相手の気持ちを考える優しい人。きっと彼女と対峙した時……仲間を殺された憎悪よりも、彼女が憎悪に走った理由を、彼女を救う方法を模索してしまった」
グレースの視線が痛いくらいに俺を見つめてくる。どことなく距離も近づいているような……?
「確かに、それは甘いかもしれない。綺麗事かもしれない。でも私は……いえ、私と台所の奥にいる彼女はそんなところが好きなのよ」
俺が何か考える前に、まるで少女のような笑顔を浮かべるとグレースは
「ねぇ、ソルトさん。私、暖炉が欲しいの。おやすみをもらってロームに来てくださらない?」
と言った。
一人でリゾートダンジョンに潜ろうと思ってたがやめだ。
こういう時は何も考える暇がないくらい体を動かすのがきっといいんだろう。
ロームに行って女王様のお部屋作りの手伝いでもするか……。
「ちょっとクシナダたちを驚かせてやらないとね」
サングリエはグレースに焼き菓子を出しながらにっこりと微笑んだ。
「気が合いそうな子ね。ふふふ、サングリエ。ワインをありがとう。定期的におくってちょうだい」
「ええ、女王様」
***
「ちょっと! 何辛気臭い顔してんのよっ!」
ロームへのポートへ入りながらプリシラが言った。相変わらずのじゃじゃ馬ですね。
プリテラは両手いっぱいに菓子を持っている。
エンドランドは焼き菓子がうまいので有名らしい。彼女もなんだかんだ幼い部分があるんだな。
「重いっすよぉ」
ボブが大量のワインが入った木箱を背負って今にも腰が折れそうな感じで歩いている。久々の再開に本当なら喜びたいが……まだ気分は乗らない。
「ソルトさん、こんな時に女王様のわがままに付き合ってくださってありがとう。女王様ったら通された部屋の暖炉でマシュマロという白い菓子を焼いて食べたことが忘れられないといいだして……」
ナナは大量のマシュマロを抱えている。
この人たちは何しにきたんだ……ってレベルで食材を持ち帰るんだな。
でも、きっとこれもグレースの優しさだ。エンドランドにいるよりも別の場所でリフレッシュする。それがエルフ風の乗り越え方なのかもしれない。
「にゃ〜」
シューは大工からもらった暖炉の設計図を眺めながらあくびをした。珍しく人間の姿で、ナナが持っているマシュマロをつまみ食いしたい……という理由でだ。
「クシナダが泣きわめく顔を見るのも見たかったけど……ロームで美味しいお魚を探すにゃ!」
「探すよっ!」
リアが抱えている極東のタライの中に入った人魚の【
ロームにある川や海、グレースの部屋の風呂に翡翠を泳がせていつでも翡翠が行き来をできるようにする。
「これでいつでも文通できるわね」
ロームでは人魚がそこまで珍しくないそうで、エンドランドが生きづらくなったらロームに来てもいいわよ。というグレースの心意気での提案でもあった。
「お魚にゃ!」
「暖炉を作ったら暖炉で作れる料理を普及させましょう!」
リアとシューが元気に手を挙げた。
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