第199話 救えない命(4)

 保安部の受付で何やら揉め事が起きていた。


「息子に……あわせて」


「お願いだ」


 少し見覚えがあるのは……女性の顔つきが彼に似ていたからだろう。


「あの、もしかしてレオナルドくんの」


 俺の方を見つめたふたりは頷いた。泣きはらした顔の母親とレオナルドに似ていい男の父親。


「あぁ、勲章を持っている偉い方よ。あなた」


「息子が死んだと聞いてね……説明は受けたんだ。例の貴族殺人の殺人鬼に殺されたって……でも遺体に会わせてくれないんだ」


「あぁ……医師部の検死中のはずです。待つなら医師部へ。一緒に行きましょう」


 俺はレオナルドのご両親と一緒に医師部までの道のりを歩いた。なんでも、家系で唯一ギルド職員に合格した自慢の息子だったそうだ。

 俺は、彼が貴族殺人の謎を解明し、犯人をあぶりだしたことを説明する。


「俺が……もう少し早くついていれば……本当に申し訳ありません」


「謝らないでくれ、あんたが悪いわけじゃない」


「でも……」


 医師部の廊下に置かれたソファーで検死が終わるのを待つ。レオナルドのご両親から俺は彼のいろんな話を聞いた。

 小さい頃、ギルドの保安部の制服を見て憧れたとか、本当は冒険者にだって憧れていたとかそんな話だ。


「あんたのせいじゃない。むしろ……息子の最期の言葉を紐解いて……犯人を捕まえてくれてありがとう」


 親父さんは俺の手を握って涙を流した。

 でも、違う。実際にエスメラルダを捕獲したのはクシナダだし、俺はただ……誰も守れずに突っ立っていただけだ。


「犯人を見つけたのは……レオナルド君です。俺じゃない」


「そんなことありません!」


 否定したのはサブリナだった。ボロボロで埃まみれの彼女はレオナルドの両親に深く、深く頭を下げた。


「犯人は……私が情報を持っていると勘違いして私を殺しにきたんです。レオナルド君は……私を守るためにわざと……犯人に言ったんです。俺が全部知ってるって……それで、それで」


 泣き出したサブリナの背中をレオナルドの母親がさすった。


「私を逃すために……彼、あの女の剣を……握ってそれで……逃げろって……すぐにソルトさんがくるから助けなんか呼ばなくていい。逃げて隠れて絶対に殺されるなって……私」


 俺だけじゃなく、その場にいた全員が涙を流していた。

 だから、サブリナは貧民街に隠れていたのか……。レオナルドの傷が深かったのはあのヴァネッサと同じように自らを犠牲にしてエスメラルダの動きを止めたのだろう。

 冒険者でもないレオナルドが身を挺して人を守ったのに、俺は……俺は……。


「あの子の夢はね。保安部に入って誰かを守ることだったの」


 レオナルドの母親はサブリナを慰めるように言った。誰よりも息子の死を悲しんでいるはずなのに、彼女は優しい微笑みを浮かべて涙を流している。


「ヒーローになれたのね、レオナルド」


「お待たせしました。ご遺族の方、どうぞ」


 白衣を脱ぎながら医師の女が言った。レオナルドは安らかな顔で眠っていた。痛々しい傷口は縫合され、血まみれだった顔も綺麗になっている。

 彼の顔を見た途端、両親はまた泣き崩れた。


「あの……、これは彼のものです」


 俺は先ほどもらった初めての勲章を胸から外すとレオナルドの側に畳まれている彼の制服にくくりつけた。

 そして、ポケットの中から彼のメモを取り出すとご両親の手に渡す。本当なら真相は闇に葬らなければならない。

 でも……あのメモはレオナルドが生きた証だ。


「彼が俺に遺したものです。これがあったから俺は、犯人にたどり着けたんです。できれば……埋葬の際に彼の胸元に」


 母親はメモを握り締めると俺に頭を下げた。頭を下げなきゃいけないのは俺なのに。


「息子は……あなたの部下だったのですか?」


「いえ、彼は俺の大切な友人で……正義感からこの事件の調査を行ってくれていました。とても大切な友人です」


 レオナルドの両親を残し、俺はサブリナと一緒に安置室を出た。サブリナは憔悴した様子で俺に少しだけ話してくれた。


「私が魔術師だったら彼と一緒に戦うことができたのに、私が戦士だったら……彼を守れたのに……。私が鑑定士だったばっかりに逃げることしかできなかった」


 どんな言葉が正しいんだろう。

 俺にはわからなかった。

 そんな風に考えていたら、医師部の受付でシューが俺を待っていた。彼女は何も言わずに俺の肩に乗る。


「シュー」


「今日は古書店に泊まるにゃ」


「クシナダとナディアは大好きな人を失って混乱してるにゃ。きっと心の奥底ではソルトが悪いなんて思ってないにゃ。でも、まだ生まれて間もないあの子たちは心の整理がついていないにゃ。だから、そっとしておいてあげるにゃ」


 クシナダに言われた言葉を思い出して俺は吐きそうになった。

 でも、彼女だって悪くない。あの時、クシナダの目に入ってきたのは俺をかばうようにして刺されたヴァネッサだった。

 きっと、慕っていた師を目の前で亡くし混乱しているんだろう。ナディアはともかくとして、クシナダは立派に働いてはいても生まれて1年も経ってない。

 大切な人を失うのも初めてで、誰かにぶつかってしまっただけなんだろう。


——レオナルド、ヴァネッサそして、エスメラルダ


 今日だけで3人の死を見た。レオナルドとヴァネッサは俺の腕の中で、エスメラルダは即刻……しかも聴取室の中で極秘裏に死罪になった。

 つい昨日まで全員笑って楽しく過ごしていたはずなのに、こうも簡単に失われてしまう。


「じゃあ、私はここで」


 サブリナは戦士部で待っていたタケルの方へと駆けて行った。




—————あとがき—————


 ここまで読んでいただきありがとうございます。シリアスなお話が続いてしまいストレス値が高くなってしまっているかも……と思っています。

 今後はスローライフほのぼの回も含め公開予定です。今回の事件と向き合っていく主人公たちを見せられればと思いますので引き続き応援していただけると嬉しいです。

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