第198話 救えない命(3)
「辛かったわね」
保安部の調査室には人がたくさんいた。ギルド長のアロイや親父、そして久々に見る美しいエルフ……グレースだ。
グレースは俺の頬にそっと手を添えるとゆっくりと瞬きをした。
彼女はなぜきてくれたんだろう。
「わが国が彼女を送ったのではないかと……その疑いを晴らすため。ここへ来て、捜査に協力をするのよ。ほら、向こうにいる彼女のところへ。私は彼女の心の声を聞くから」
グレースは顔が見えないように黒いレースのベールを被った。
こちらの部屋からは隣で拘束されているエスメラルダが見えるが、エスメラルダからは見えない魔法がかかっている。
「ソルト……、よく無事でいてくれたな」
アロイは俺を慰めるように言ったが、俺は頷くことしかできなかった。
「ロームの女王さんの力は俺たちも見させてもらったよ。悪いが……事情を知っているお前があの女に尋問を」
ギルド長の命令だ。俺は従うほかない。
「私も行く」
「エスター、今は……」
「私がダンジョンで助け、彼女を地上に野放しにしたんだ。私の責任だ」
ギルド長に逆らう女、エスター。アロイは仕方なく「わかった」と言ったが渋い顔をしている。
「行こう」
***
エスメラルダは魔法によって拘束されていた。狭く窓のない聴取室でただじっと座っている。
俺たちが入ってくると顔を上げて、彼女は笑顔になった。いつも、くろねこ亭で店番をしてくれていた彼女の笑顔だった。
「ソルトさん」
「エスメラルダ……いや本当の名前は知らない。お前に尋問を行う」
エスターは氷のように冷たい表情のままエスメラルダを見据えた。俺は……どうすべきだろうか。
「ソルト、頼む」
まずは、動機を明らかにすべきだ。俺はポケット中に入ってたグジャグジャのメモと本の切れ端を取り出すと読み上げた。
レオナルドの推理を読み終えるとエスメラルダはまだ笑顔のままだった。
「この【遊戯倶楽部】に所属していたメンバーの子孫を殺した。それで間違いないな」
「はい、間違いありません」
グレースが「嘘はないわ」と言う。どうやら動機はやはり復讐だった。
「次に、余罪についてだ。私がお前をダンジョンで助けた時の話をしてくれ」
「あなたが入るダンジョンを事前に調査した私はパーティーと一緒に入った。そして……私が全員殺した。そして……血まみれのままあなたの前に飛び出した」
まるで接客でもしているかのように明るい笑顔のエスメラルダは不気味で恐ろしかった。
「それが……此奴の計画の始まりだったようよ」
グレースが補足する。エスメラルダは弟を殺され、奴隷としてとある貴族のもとで暮らしていた。それは彼女が女性だからだ。そして、奴隷の解放により自由になったエスメラルダは復讐心だけを糧に生きていたのだ。
絶対に殺すために何百年もかけて……。
「次に、レースでの件だ」
「あぁ、あれも私が殺したの。サブリナさんを殺したら……バレるから。というか、ソルトさんたちがサブリナさんを疑っているみたいだったからわざと。別に殺さなくてもよかったけど……」
グレースは「嘘ではない」とうなずいた。
「私から質問してもいいですか」
エスメラルダは俺に言った。
「大切な仲間を奪われて……私を殺したいですか」
レオナルドとヴァネッサの最期の顔が俺の脳裏によぎった。ずっしりと重い体を俺に預けて、命のともし火が腕の中で消えて行く感覚。暖かくて、眠っているような顔はみるみるうちに冷たく青白くなる。
「あなたも私と同じ。大切な人を殺されたからこうして私に復讐するために来ている。そうでしょう? 私は多くの人間を、しかもギルドの人間も幹部も殺した。だから公開処刑になる。そのための尋問をするんでしょう」
エスメラルダの声を遮ってグレースが言った。
「許して」
グレースの言葉にエスメラルダの表情が凍りついた。グレースは畳み掛けるように
「どうか、許して。私の長い生き方が間違っていなかったと。許して、私を理解して。今、くろねこ亭にいる仲間たちを許してきたように……。私に寄り添って。私を……許して」
「違う……違う!」
エスメラルダの目が飛び出しそうなほど見開かれて血走る。彼女は唾を撒き散らしながら否定するも、グレースは撤回をしない。
「それがあなたの本当の心の声」
エスターが一度部屋を出た。
そうか、もう聞きたいことは全部聴けたんだよな。
エスターはすぐに戻ってくると
「たった今、決定した。お前はここで死刑になる。移動もさせない。ここでだ」
その言葉にエスメラルダが呆然とする。
「公開処刑にはならない。無論、お前の復讐がなぜ行われたのかも一切公にはならない」
そうか、エスメラルダは自分が殺人をした理由を素直に話すことで、本当の意味での復讐を遂げようとしたのだ。
過去に起こった恐ろしい悲劇を糾弾するのが彼女の目的だったのだ。
「嘘だ……。お願い、ソルトさん」
「ここで死ねば全てが無駄になる。あの歴史は……弟が苦しんだ歴史が葬り去られてしまう」
グレースがエスメラルダの心の声を代弁する。
「許して……くれる?」
俺ははじめてエスメラルダの瞳を見た。
「お前は……ここで死ぬ。一人で。悲劇の復讐姫としてではなく、ただの大量殺人鬼として死ぬ。お前が明かしたかった歴史はもう2度と公にはならない。お前が……証言してくれるはずの子孫たちを殺してしまったから」
エスメラルダが喉の奥から絞り出すような悲鳴をあげた。
たくさんの犠牲を出した。その上で俺たちギルドにできることは彼女の目的を果たさせないことだけだった。たとえ、過去のエンドランドや死んだやつらの祖先が極悪だったとしても。
「ソルトさんっ」
俺はグレースとともに部屋を出た。エスターだけが部屋に残り、そして剣を抜いた。ゴトンと首の落ちる音が響いて……全てが終わった。
「グレース様、ありがとうございました」
グレースはエスメラルダと同じエルフとしてどんな気持ちだったんだろうか。あんな非道なことが全ての原因だったと言うのに。
「私は大丈夫。どんな理由があれば彼女は罪のない人間を殺した。復讐は……その場ですべきだった」
グレースはベールを外すとそっと俺を抱きしめた。
「その辺にしとけよ、ったく」
親父が俺とグレースを引き離すと、グレースは来賓室の方へと連れて行かれてしまった。
ネルが死亡を確認するために聴取室に入っていった。それと入れ違いでエスターが戻ってくる。
「責任は取ります。アロイギルド長。私が彼女を助け、記憶喪失だと信じ込み……名前まで与えて、ソルト殿に関わらせてしまいました」
アロイは跪いたエスターに
「お前は彼女を可愛がっていたな。死んだ母親の名前まで与えて……お前の処分は追って通達する。覚悟しておけ」
「はい」
エスターは顔色ひとつ変えないまま部屋を出て行った。
「ソルト、災難だったな。その……本当に」
アロイは後頭部を掻いた。そして、俺の胸元になにやらバッジをつけた。
「これは女王から発行された勲章だ。貴族連続殺人の犯人を特定し、捕縛した。その、お手柄だった」
バシンバシンと背中を叩かれて、俺も聴取室をあとにした。
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