第196話 救えない命(1)
※【救えない命1〜4】では少し悲しい表現(シリアス回です)や残酷な表現があります。ご了承いただけますと幸いです。
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人魚に名前もつけないまま、俺は一旦古書店へ向かうことにした。時間は経ってしまったが多分サングリエと一緒にレオナルドとサブリナがくつろいでいるはずだ。
「新しい情報か」
「ソルト……なんだかやばそうだにゃ」
俺には何も感じないが、シューは三角耳をピクピクさせた。彼女は地獄耳なのである。
そんなシューを無視して俺は貧民街へと足を踏み入れる。
いつもより人通りが少ない。
「ソルト!」
シューがすごい声で叫ぶもんだから俺はびっくりしてひっくり返る。
「さっさと立つにゃ! あっちにゃ!」
シューは黒猫の姿のまま駆け出した。俺は必死で彼女の後を追って走る。路地を右に左に曲がり、そして見えて来たのは人だかり。
貧民街の人間が何かに野次馬をしている。
「どいて、どいてくれ」
「おぉ、古書店のにいちゃん! あんたの友人だろ、これ」
べっとりと路上に広がった血、うつ伏せに倒れている男には見覚えがあった。保安部の制服は地に汚れて赤黒くなっている。
「レオナルド!」
シューがサングリエを呼びに古書店へと走った。俺はバッグに入れていた薬草をレオナルドの傷口に押し当てて止血する。
まだ息がある。
「ソル……デ……だ」
レオナルドは血泡を拭きながら何かを伝えようと口を動かし、必死で目を動かした。
「ダメだ……しゃべるな。すぐにサングリエが治してくれる」
俺の言葉も聞かず、レオナルドは
「じょう……ほう……モ……と」
「いいから、そんなの……どうでもいいから」
レオナルドは吐血してそれから力なく息を吐く。血が止まらない。剣か、斧か深い傷口の止血が間に合わない。
彼は必死で何かを俺に伝えようと口を動かす。
「おんな……だ。……が……危……い」
「レオナルド!」
「最後……サ……が、危ない」
肝心な部分が聞こえない。
「ソルト!」
「サングリエ、助けてくれ」
サングリエは回復魔術をレオナルドの傷口に当てる。間に合ってくれ……。
それでもサングリエはの魔術はどんどんと小さくなっていく、俺は彼女を見上げる。
「ソルト……彼もう死んでるわ」
「サングリエ、死んでない。だってさっきまで……まだ暖かいだろう」
「ソルト……!」
***
保安部の聞き取り調査を終えた俺たちは流通部の執務室で彼が最後に伝えようとしたことについて考えることにした。
だが、俺の頭は全く回らない。
「サブリナが危ない……じゃないかな」
サングリエのいう通りだ。
今、サブリナは行方不明。おそらく、レオナルドと同じ情報を持っていたからか……それとも彼女自身が最後のターゲットだったのかもしれない。
「鑑定士部は彼女を探しているわ。大丈夫、きっと無事よ」
ミーナの言葉は俺の耳を通り抜ける。
——じょう……ほう……モ……と
「情報……メモ……」
「どうしたのソルト」
サングリエが俺の背中をさする。レオナルドは情報の場所を俺に伝えようとした?
——ソル……デ……だ
「デスク……」
俺は執務室を飛び出して保安部へ向かった。
保安部では殉職なんて日常茶飯事で、そんな中でも下っ端のレオナルドの死を悼むものはほとんどいなかった。
だから、デスクもそのままで助かった。
<貴族殺しの件>
レオナルドの文字だ。
<死んだ貴族出身者たちは原住民の排除に関わったと思ったが違った。それはコンベルト家だけでなく、サルース家のものが死んだからだ。サルース家の者は奴隷の家系。そして裏切り者の血文字。俺は思った。もっと規模の小さなことが原因なのではないか>
「レオナルド……」
俺は彼の文字を見て涙が溢れそうになる。
あいつは……死んだんだ。
<サルース家の本を調べていたら見つかった。【遊戯倶楽部】という存在が。恐ろしい歴史だ。原住民の排除によって地位を手にした成金貴族たちが始めた遊び。捕まえたエルフを殺す。殺しあわせたり、四肢を切って磔にしたり。その中でサルース家の先祖であるエルフは人間と肉体関係を持つことで【奴隷】の地位を勝ち取った。だから……【裏切り者】>
俺は恐ろしいと思いながらも読み進める。
<この【遊戯倶楽部】のメンバーが今回殺された家系だった。コンベルトの先祖は傷つけたエルフたちが死なないように薬剤を作った。そして、さっき死んだ医師は長く遊ぶため殺さないように手術をする役目だった。そして……最後のメンバーは>
——ハーキンス家だ
俺はメモと本の切れ端をポケットに突っ込んで走り出した。シューを連れてくるべきだった。
ハーキンスは魔物研究の第一人者とされる有名な貴族で……
——ヴァネッサの先祖だ
レオナルドが最後に伝えたかったこと。それは
「ヴァネッサが危ない」
頼む……間に合ってくれ。
俺はそう祈りながら研究部への道を走った。
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