第194話 真紅の人魚(1)


「おほほほほ〜」


 奇声を上げているのはヴァネッサだ。

 俺たちが持ち帰った魔石の中に閉じ込められた人魚を見て彼女はかなり……興奮している。

 人魚といえばかなりめずらしい種族でエンドランドではほとんど見られない。

 それもそのはず、生息域はダンジョンの中だと言われているからだ。


「まさか、こんなほほほ〜」


「落ち着いてくださいよ」


「いいのか、私が……この子を取り出していいのか」


「いいですけど、砕いた魔石は俺にくださいよ」


「わかってるってぇ」


 ヴァネッサは大事そうに真紅の魔石を研究室に運んで行ってしまった。苦笑いのクシナダと俺は執務室に取り残された。


「じゃあ、俺は流通部に戻るわ」


 クシナダに手を振って、俺は流通部に戻った。ダンジョンの中で俺たちと別れた後、サブリナたちに連れられたクララは無事生還をした。

 クララのパーティーはによって壊滅、真紅の魔石を手に入れた俺たちの勝利となった。

 俺は優勝報酬として真紅の魔石そのものといくらかの賞金を手にした。仲間たちに賞金は分配する予定だ。


「人魚の宝石か」


 俺は人魚を見たのは初めてだ。

 書籍の中でしか見たことがない。最上級のダンジョンの中でも人魚というのは水中に潜んでいて、特に冒険者に危害を加えないことから合間見えることはほとんどない。

 エンドランドで最後に発見されたのはいつなのだろうか。

 ヴァネッサの興奮っぷりを見るとおそらく俺たちが生まれるずっとずっと前のことだろうな。


「あら、お帰りなさい」


 ミーナが俺に微笑みかけた。ちょっとイタズラっぽい笑い方。うーん、嫌な予感がする。

 そういえば見慣れない背中。いや、見慣れない……?


「こんにちは、ソルト・アネットさん」


 妖艶な笑みを浮かべた女は先日ダンジョンの中を氷まみれにした女だ。クララ・マッケンシー。色魔女とエルフの混血でS級魔術師。


「あぁ、杖ですよね」


 クララはにっこりと微笑んだ。でも、目の奥が笑っていないのは仲間を失ってそう時間が経っていないからだろう。

 俺だったらこんな風に振る舞うことはできないかもしれない。


「これ」


 俺はデスクの脇から彼女の杖を取り出して渡した。ずっしりと重く、そしてひんやりとしている。


「ありがとう。えっと……その」


「俺らも……よくわからない状態で」


「責めようとしたわけじゃないの」


 涙をたっぷり貯めた瞳でする上目遣いの攻撃力は絶大だ。俺は思わず目をそらして「そうですか」と答えることしかできなかった。

 ミーナの咳払いでクララは上目遣いをやめてくれた。


「その……あのね」


 クララが何かを言おうとした時、シューが唸った。


「ダメにゃ! うちの魔術師はシューだけなのにゃ!」


 あぁ、そういうことね。

 うちには優秀な魔術師もいるし、色魔女の血が入った奴もいる。そっちは腕っ節以外使い物にならないけど。


「そう……ですよね」


「あぁ、悪いが人は足りてるんだ。それだけの腕があればどこにでも雇ってもらえるだろう? よければ、タケルたちの」


「サブリナさんに断られました。タケルさんが誘惑に勝てなくなるからだめって」


 あぁ……確かにあいつが使い物にならなくなるな。というかサブリナはタケルが好きなのか。そうか、そうか。


「悪いけど、うちも間に合ってるんだ」


 クララは少しだけ悲しそうに目を伏せると「そうですよね」と言って席を立った。

 ミーナは少しだけ残念そうにしていて、エリーは無表情だ。エリーの嫌いなタイプだよなぁ。


「あのね、ソルトさん」


 ミーナはパシンと自分の太ももを叩いてから立ち上がると俺の肩に手を置いてじっと俺を見つめる。

 綺麗な赤い瞳が何度か揺れて、そして彼女はゆっくりと瞬きをした。


「流通部の副部長にならない??」



***


 ミコ・サルースの死去を受けて薬師部は新しい幹部を立てようとしたが人材が不足しているらしい。

 なんでも迷宮捜索人の誰かを指名する予定らしいが、戻ってくるのに少し時間がかかるとか。


「ミコさんはあぁいう性格だったから秘書も取ってなかったし、親しい部下もいなかったらしいの」


 ミーナが俺にあんなことを言ったのは


「私ね、迷宮捜索人の薬師が帰ってくるまで仮で薬師部の幹部に任命されたの」


 という理屈からだった。

 推薦したのはどうせネル・アマツカゼだろう。ミーナは薬師として研究施設を立ち上げたり、そもそも優秀だし……。流通部で幹部としての仕事にも慣れているというのが一番の理由だろうが。


「で、ミーナさんが兼任をする間、俺がある程度の決定権を持つために特別顧問から副部長になる……と?」


「ええ、今は一応外部からの特別顧問ってことになっているでしょう? でもそれだとサインをできない書類もあるし……ねっ? いいでしょ?」


 この年増の女性は非常に甘え上手だ。

 というか、もうやるしかないんだろう。

 それに、俺は真紅の魔石を手に入れて気分がいい。ヴァネッサから返還されたらパッと牧場を広げたり畑を広げたりしてもっとたくさんの種類の野菜の栽培をするんだ。

 くろねこ亭の増築や設備増強もどんどんしたい。

 古書店の方に俺だけの書斎を作るのもいいよなぁ……?


「いいっすよ。その代わり絶対に少しの間ですからね」


「ありがとう。大好きよ」


 お世辞の言葉にドキッとして顔が熱くなった。しばらく女がいないとこんなにも純情になっちまうのか。ったく。


「そういえば、サブリナさんとレオナルドさんが一緒にいたんですけど……ソルトさんを探してたかも。新しい情報が見つかったんですって」


 エリーがうまいことフォローを入れてくれたおかげでミーナの視線がそれた。ナイス、エリー。


「ありがとう。古書店かな。行ってみるよ」


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