第193話 予想外の事態(2)


「サブリナさん!」


 氷の壁の向こう側に魔物は一匹もいなかった。そこには散乱した相手パーティーの死体と傷だらけで意識のないエスメラルダと錯乱しているサブリナがいた。

 エスメラルダの握っている剣には血が一滴もついていない。


「何があった!」


「わからない……わからない」


 サブリナは泣き喚いている。サングリエはエスメラルダに駆け寄って治療を始める。相手パーティーの奴らは四肢がバラバラに吹き飛び、すでに絶命していた。


「ソルトさんたちと離れた後……あの人たちが襲ってきたんです。それで、私はすぐに気を失って……起きたらエスメラルダさんも相手も倒れてて……血まみれで」


 フィオーネがサブリナの背中をさすり、顔についている血を拭っている。俺とシューは顔を見合わせた。


「ソルト、今はそれを考えるのはやめだにゃ」


「あぁ、わかってる」


 俺は、サブリナが本当のことを言っているとは思えなかった。エスメラルダの剣に血がついていなかったのだ。つまり、エスメラルダは戦っていない。

 サブリナが何らかの方法でエスメラルダを気絶させ傷つけた。

 そして……ミコやジェフを殺したように相手パーティーを……?


「エスメラルダ……、何があったの」


 サングリエが目覚めたエスメラルダに聞いた。エスメラルダは……


「黒いフードの……女が……」


——黒いフード?


 エスメラルダの話では黒いフードを被った女が現れて攻撃をしてきた。相手パーティーの連中をバラバラにし、気絶したサブリナをエスメラルダがかばっている間にシューが壁に穴を開ける音がして逃げて行ったというのだ。


「注意して進もう」


 俺は言いたいことを心の奥に閉じ込めて、エスメラルダとサブリナに言った。鑑定士であるサブリナがエスメラルダに幻想を見せることなんて簡単だ。

 でも、ここで疑っても仕方がない。


「相手のパーティーが死亡した場合どうなるんでしょうか」


 フィオーネは言った。彼女は泣いていた。


「レースは命がげで行う。そもそも……あいつらも最初から殺しに来ていただろう」


「それに、犯人というか……人型の魔物に殺されたんなら仕方ないさ」


 タケルはため息をついてから「気をつけないと」と言った。俺はサブリナを疑ってはいるが、確かにタケルのいう通り人型の魔物がこのダンジョンにいる可能性は十分にあるのだ。

 考えすぎは良くない。


「ソルト……このふたりは戦力にならない。セーフティーゾーンのクララさんを連れてポートからダンジョンを出てもらって報告をしましょう。私たちは深層にいく。もう相手のパーティーは壊滅したんだから」


 サングリエのいう通りだな……。

 俺はシューと目配せをしてからエスメラルダとサブリナに場所の説明をした。



***


「ワイバーンだよな……。倒せるかな」


 タケルは珍しく泣き言をつぶやく。それもそのはず、さっき最終奥義を使っちまったんだ。


「私が頑張ります!」


 フィオーネはにっこりと笑顔になる。正直、さっきみたいな大量の魔物を相手にするよりも大型の魔物を相手にする方がフィオーネは得意らしい。


「まぁ、ワイバーンは弱点がはっきりしてるし。それに俺が弓で引きつけるから……」


「後ろからドーン! ですね」


「タケルとふたりでな」


「後ろからドーン!」


「えへへ〜」


 バカ丸出しなふたり。


「さ、ここを降りればワイバーンの巣のはずにゃ。さっさと倒して真紅の魔石を手に入れるにゃ」


 シューが人型から黒猫へと戻った。もう出番はないとわかっているのだろう。ワイバーンはそこまで強くもないし。いや、強いんだけど。

 この二人の戦士が強すぎるのだ。


「ソルト、栽培できそうな野菜があったら持って帰るのにゃ」


「そうだ、ワインにできそうな果実があれば私、興味あるわ」


 サングリエとシューが盛り上がっている。毒のない果実がいくつかあったはず。ワイバーンの巣に自生する砂漠フルーツは絶品だ。

 魔石をシューが採掘している間に採集するか。


——ギャオーン


 狼の頭に巻き角を生やし、毛むくじゃらの翼を持つワイバーンは臭いツバを飛ばしながら吠えた。

 奴の足元には大きな真紅の魔石。

 

「ソルト!」


「任せろ!」


 俺は横に走りながら麻痺毒を仕込んだ腐った肉を矢にくくりつけて放った。大好物の腐肉に思わずワイバーンは食いつく。

 その瞬間、後ろに回り込んだフィオーネとタケルがクロスするようにワイバーンの翼を切り裂いた。

 大きく咆哮したワイバーンは地に落ち、そこからはもう簡単だった。


 タケルがとどめを刺し、大きな死体となったワイバーンを魔石の上からどかした。シューが魔法で魔石を……


「ソルト! これはびっくりにゃ!」


 シューが成人男性の上半身ほどある真紅の魔石を見て言った。サングリエもタケルもフィオーネもあんぐりと口を開けている。

 俺は砂漠フルーツの採集をやめて、魔石を覗いた。


「おい……なんだよこれは」


 真紅の魔石の中には、美しい魚の下半身を持ち上半身はエルフの女性が閉じ込められていた。

 彼女は眠っていて俺たちには気づかない。


「人魚が……封印されているにゃ」


「ヴァネッサが大喜びだな……」


「ギルドに高値で売ってやるにゃ!」


「うわあ……えっちだぁ」


 タケルは時々よくわからない言葉を使う。多分、異世界の言葉なんだろうな。


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