第191話 迷探偵レオナルド(2)
レース前日、古書店でくつろいでいる俺の元に現れたのはサブリナだった。
「どうした? そんなに慌てて」
「またギルド内部で貴族出身の方が殺されたって……レオナルドさんがソルトさんを呼んできてくれないかって」
おいおい……。
「死んだのは?」
「医師部の方です。なんでも、ギルドで遺体が発見されて、彼の屋敷にいた全員皆殺しにされていたとか……」
「ありがとう、レオナルドはどこに?」
「保安部で待っているそうです」
古書店に鍵をかけて、俺はサブリナと共にギルドへと向かう。おそらく、ギルド内部で殺人がまた起こり、保安部が調べたところ死んだやつの家族の遺体も見つかったってことか。
「サブリナ、明日のために休んでおいたほうがいい」
「は、はい」
配達担当のナディアとエスメラルダとすれ違った俺は彼女たちと一緒にくろねこ亭にいくようにサブリナに言った。
保安部の受付で俺はレオナルドを呼び出す。
「今日も殺人があってさ。しかも医師だ」
「やっぱり、シューが言ったことが正しかったにゃ?」
「あぁ、多分だけど……もっと調べればわかると思う」
レオナルドは小声で言った。
「多分……犯人はエルフだ。もしくは、エルフの血を継いでるもの」
その瞬間、悲鳴が響いた。
「また……殺しだ!」
保安部に駆け込んできた薬師は血まみれだった。
「ミコ様が……ミコ様が!」
俺とレオナルドは薬師部、幹部の執務室へ向かって駆け出した。
***
凄惨という言葉では足りないくらいの光景だった。薬師幹部のミコ・サルースは首をはねられただけでなく顔の造形が変わってしまうほどの暴行を受けたようだった。
磔にされた体は引き裂かれ、もう滴る血もなくぱっくりと傷が口を開けているようで不気味だった。
「嘘だろ……彼女はだって貴族じゃない」
「じゃあ、なんで死んだ」
「あれを見てみろ」
ミコの遺体を下ろし、検死をしていたネルがミコが磔にされていた壁の反対側を指差した。そこには血文字で何か書いてある。
「あれは……古代の文字か?」
俺たちには馴染みのない文字だ。
「あぁ、古代エルフ文字だ。【裏切り者】と書かれている」
——裏切り者……か。
俺とレオナルドは顔を見合わせた。そのうちに他の保安部が集まって俺たちは現場から追い出される。
俺たちはミコが犯人だと思っていた……。でも裏切り者ということはミコも共犯だったということだろうか?
それとも……?
「ギルドは厳戒態勢にはいるだろう。ジェフさんだけでなく幹部まで殺されるとは……今のギルドの中は安全なんかじゃない」
レオナルドは恐怖と、自分も仕事が増えるんじゃないかという期待とが入り混じっているような複雑な顔をしていた。
「ソルト」
「エスターさん、どうしたんすか」
「ギルドは今や厳戒体制だ。戦士たちが護衛のために駆り出されることになってな。元奴隷の家系だったミコ・サルースが死んだとなればお前たちの仲間も対象になるかもしれない。気をつけろ」
エスターは眉間にしわを寄せたまま、挨拶もせずに会議室の方へと向かって行ってしまった。あれは相当怒ってるぞ。
「引っかかるにゃ」
「俺もだ」
——裏切り者
「何がです?」
「ミコは共犯者で裏切ったのか……それとも……にゃ」
シューの言わんとしていることはなんとなくわかる。ミコの先祖が「裏切り者」だからミコが殺されたのかもしれない。
「ソルトさんっ」
「サブリナ? お前くろねこ亭にいたんじゃ?」
「あぁ、そうなんですけど……そのちょっと鑑定士部に用があって……。何かあったんですか? 例の貴族殺しの件……何かわかりました?」
サブリナは疲れ切った俺たちの顔を心配そうに見つめる。レオナルドはそれに甘えるように「ちょっとね」と返事をする。
「レオナルド、暇ならサブリナを送ってくれないか。俺は流通部に戻ってから帰るから」
レオナルドは「どーせ暇っすよ」と笑って、サブリナの横に並んだ。サブリナはレオナルドを見上げている。
まぁ、そこそこいい男だもんな。
「ソルトさん、レースは明日なんですから今日は早く帰ってきてくださいよ」
「わかったよ」
サブリナに釘を刺されたが、俺としてはミコが死んだことで状況が変わってしまった。幹部が殺されたのだ。
サブリナとレオナルドと別れて、流通部までの廊下を歩いているとシューが
「サブリナ……血の匂いがしたにゃ」
と言った。
サブリナは極東風の風貌をした子だ。俺たちはエルフが犯人だと思っていたが……もしかすると。
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