第187話 ジェフの遺したもの(2)
「いや〜、これは嬉しいっすねぇ」
歓喜しているのはレオナルドだ。コンベルト家をくまなく勝手に捜査できるから彼はかなりテンションが上がっている。
コンベルト家はかなり由緒正しい家系だったらしい。家は上流階級が住む地区に位置し、広い庭には噴水まである。
いわゆる超豪邸だ。とはいえ、ミーナはここに住む気はないそうで、土地と家はギルドによって競売にかけられ、売り上げの半分をミーナが受け取ることになっている。
その前に、ジェフの遺した資料を拝借するためにこのコンベルト家に俺たちは遺品整理に来ているのだ。
「骨董品やらジュエリーやらは要らないわね」
「本当にいいのか? これかなり希少なものだぞ」
サファイアと呼ばれる美しい緑色の宝玉だ。しかも特大サイズ。趣味の悪いブローチになってなきゃ最高だ。
「持っていってもいいわよ」
「なら、遠慮なく」
俺はポケットにブローチを入れて、資料の運び出しに戻った。コンベルト家は古くから薬師の家系だったせいかたくさんの貴重な書物が置かれていた。
「これ、もらってもいいですか?」
サクラが手に持っているのは古い薬品加工のための研究道具だった。俺にはよくわからないが多分研究に必要なものがここには一から十まで揃っている。
ミーナは「いいわよ」と笑顔で言うと何やら悪巧みをするような顔で俺を見つめた。
「ねぇ、いいこと思いついたんだけど」
「それって俺に関係ありますか?」
「大有りよ」
「やっぱり、ここにある一切合切を運び出してちょうだい!」
とっても嫌な予感がする。
ミーナ最後にジェフの肖像画を手にとって抱えると「これもね」と部下に渡した。
***
俺たちの農場のすぐ近く、まだ荒野だった土地に大きな買い手がついた。といってもそんな腐った土地は安い。ミーナが相続したコンベルト家の財産の半分は土地だけではなく、かなり立派な研究施設を作っても俺の年収分くらいのおつりがくるほどだった。
「もらったものはパーっと使わないとね」
ミーナは研究施設の隣に薬草を栽培する温室や冷室も作って、俺の畑の一部を使っていた薬草畑を移動させた。
そして、ミーナ自身も住んでいた部屋を引き払ってこの土地に移住。晴れて俺たちのお隣さんとなった。
「人はいつ死んでしまうかわからない。ならやってみたいことをやるのよ」
薬師は基本的に鑑定士と同じように学べる学校がない。天職は家系によって遺伝するので親に習うか、弟子入りするかだ。
だから、サクラのように親のない子は薬師の天職を活かすことなく一生を終えてしまう人もいる。
いまだに根強く残る医師からの差別や薬師の抱える劣等感から薬師の天職を持っていてもその道を目指さない人もいる。
だから、ミーナは薬師の天職をもつ子供がのびのびと学び知識を深める施設を作ろうと考えたのだ。
もちろん、俺はその話を聞いた時、大賛成をした。
「私は忙しいからしばらくはただの資料館になる予定だれけど、ゆくゆくは子供達がに薬師のあれこれを教えたいの」
ミーナが建てた施設のエントランスにはあのジェフの肖像画が飾ってある。偏屈で変わり者だが研究熱心で誰よりも薬師としての自分を愛した男だ。
俺は古書店にあった薬学系の本をあのサファイヤをもらう代わりに寄贈した。コンベルト家にあったものも合わせると小さな図書館くらいの本が集まった。コンベルト家の古い家具や新しく買い足した机やテーブル、研究や調薬に必要な機器も十分だ。
「薬師部の幹部がやんなきゃなんないことだけどな」
「ふふふ、あの嫌な女の悔しそうな顔が目にうかぶわ」
ミーナは怪しげに笑うとゾーイに目配せをした。
待てよ……まさか?
「花街に鑑定士がいるでしょう? 薬師もいればいいなって思って」
そう、花街では花街で生まれたサキュバスの中で鑑定士の天職を持っている子に俺やリアが鑑定士のあれこれを教えて、貢物なんかを危険性がないか鑑定させている。
最近では質問もなかなかこないくらいに成長して、サキュバス鑑定士たちが活躍しているそうだ。
ゾーイは魔動物医師部として花街によく出入りしている。だから、薬師の天職を持つサキュバスがいればある程度のことは花街の中で完結ができるのではないかと考えたのだろう。
「農場にサキュバスが出入りされても困るんだけどな」
「あら、サキュバスといってもまだ子供だから問題ないでしょう」
だめだ。話が全く通じない。それに、ここはミーナの土地だ。俺が干渉する権利は全くないのだ。
死んだジェフがこれをみたらどう思うだろうか。多分、笑って許してくれるだろう。
俺も彼と酒を飲みながらギルドの悪口言ったり、親父と母ちゃんの昔話を聞いたりしたかった。
俺はジェフの肖像画を見上げた。
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