第186話 ジェフの遺したもの(1)

 俺たちはジェフ・コンベルトの葬儀中だ。ギルドの管理する墓地、雨が降っていた。ジェフには身寄りがいない……というかジェフ以外も皆殺しにされてしまったのでいない。

 非常にさみしい葬儀だった。

 

「奴は火葬を希望していたな」


 それは冒険者時代の話だが、ジェフは親父の一言で火葬にされた。今は骨壷の中に収まっている。

 骨壷を墓標の下に入れて、みんなでジェフのために祈る。そして、彼がいつの日かまたこの地に戻ってこられるようにと皆が祈っていた。


「さて、行こうか」


 ネルが少し疲れた顔で言った。彼女は最近かなり忙しいらしい。俺は花ではなくうちの畑で取れた薬草をいくつかジェフの墓に供えた。彼は何よりも薬学を学ぶことが好きだったから。

 

「薬師部は一人もこないんですね」


 俺の言葉にネルはくすっと鼻を鳴らし、


「彼の遺書が原因だろうな」


 と言った。正直どう言いう意味か俺にはわからなかったがネルにとってはとても愉快なことらしい。

 

「ミーナ」


「あら、ネル。久しぶりじゃない」


 ミーナは黒いベールをついた帽子を外してネルに挨拶をした。ミーナは葬儀でもおしゃれだな。俺はそのまんまの格好で来たことを少しだけ後悔した。

 

「ミーナ、少し薬師部に来てくれないか。それと、君も」


「お腹減ったにゃぁ」


「ちょっとだけ我慢してくれ。シュー」


 俺たちはネルに連れられて薬師部へと向かった。薬師部のジェフの執務室だ。あの凄惨な光景を思い出してしまいそうだった。

 血が綺麗に拭われた執務室はガランとしていて、あの優しそうな紳士がいない寂しい部屋になっていた。


「えっと、こんにちは」


 ミーナが嫌な顔をして挨拶をしたのはミーナと同じ年頃の女性だ。濡れ烏色の髪を頭の上でシニヨンにした髪型はまるでシノビのようだ。

 そして、彼女はおそらくエルフと人間のハーフだ。


「ミコ・サルース。薬学部の幹部だ。初めてかな、特別顧問さん」


 とても嫌味な人だ。

 俺はミコと握手をして愛想笑いをした。


「極東人とエルフのハーフはそんなに珍しいか」


「いえ、そんな風に見ていたわけでは」


 俺はでかい蛇にでも追い詰められたような感覚になって心臓がひやりとする嫌な気持ちになった。

 ネルが間に入ってくれて、なんとか収まったが……。


「ジェフ・コンベルトの遺言の件でお前たちを呼びつけたんだ」


 ミコは小さな封筒から便箋を取り出すと不満そうに読み上げた。


「私の家族が死ぬ事件が起きた。私も標的かもしれない。だからこれを遺書にしてみようと思う」


 思わず笑ってしまうほどジェフらしい書き出しだ。

 ミコは咳払いをしてから続ける。


「もし、私が死んだ場合。私が持っている財産の半分とこの部屋にある全ての資料を流通部のミーナ・シュバイン殿に。残りの半分はギルドに寄贈することにする。ミコさんが怒るかもしれないがこれが私の希望だ」


 ミコが「以上」と言うと封筒に便箋をしまってミーナによこした。ミーナは自分の目で確認する。

 俺はなんでここに呼ばれたのか。

 

「ということで、コンベルト家の財産の半分はお前のものだ」


 嫌味な言い方だ。

 ミーナは困惑していた。


「えっと、どうして……こんなことに?」


 ミーナの疑問に答えられる人はいなかった。そもそも、ジェフは家族を失って財産を全て相続した後、死んだ。ずっとここに籠って仕事をしていて金なんてほとんど使っていなかっただろうし。ジェフ自身もどうすべきかわからなかったんだろうなぁ。


「ジェフのこの研究結果や資料は薬師部の財産であるべきものだ。本人の遺書を見つけたのがこのネルだったせいで、今失われそうになっているんだけどね」


 ミコはミーナを軽く睨んだ。

 そして、


「どうせ誘惑したんだろう」


 その言葉に怒りをあらわにしたのは俺だけじゃなかった。ネルは眉間にしわを寄せ、シューは唸っていた。


「サルース」


 ネルが低い声でミコの名前を呼び、威圧するように壁際へと追い詰めた。ミコはそれでも余裕の表情だ。多分、ネルが自分を傷つけないことをわかっているんだろう。


「放棄してくれないか」


「嫌です」


 俺は思わずミーナの前に立って答えていた。ミコは目を丸くして驚いている。

 俺はちょっとイラついていてその気持ちをそのままミコにぶつけることに躊躇はなかった。


「そもそも、ジェフさんが薬師部を見限ったんじゃないすか。薬師であるミーナさんに自分の意思を託したいと思うほどにです。俺もあなたをみてジェフさんの気持ちがわかりますよ」


 ミコはさすように鋭い視線を俺に向ける。

 俺は負けずに彼女の青く見えるほど黒い瞳を見つめる。


「ミーナさんはジェフさんとの婚約をお断りしたんですよ。もしも財産がほしいなら結婚していたはずです。何も知らずに人を侮辱して蔑むような人を信用できない……ジェフさんもそう思ったんじゃないですか」


 ネルが「その辺にしておけ」と俺を止めた。


「ふん……。ジェフは迷宮捜索人をやめてから落ち目だった。そんな落ちぶれた人間の研究資料なんてたかが知れているだろうしね。金も好きにしたらいい。次の薬師に使わせるんだ。さっさと運び出してくれ」


 ミコは悔しそうな表情で捨て台詞を吐くと部屋を後にした。


「彼女はあの毒水事件で元幹部の父を失ってな。薬師の幹部として微妙な立場らしい。無礼を許してやってほしい」


 エルフの血が入っているからか、ネルはミコの代わりに俺たちに謝罪をした。俺も熱くなってしまったが、ミコにはミコなりに色々とあるんだろう。


「私……彼との婚約を承諾していたら……死んでいたのね」


 ミーナの言葉に俺とネルは言葉を失った。ミーナはミコの言葉に傷ついたんじゃない。ジェフの死を実感し、そして自分の選択次第ではミーナ自身が殺されていたかも知れない事実に恐怖を感じていたのだ。


「とりあえず、エリーたちを呼んでここにあるものを運び出そう」


 俺はミーナを支えながら、一旦ジェフの執務室を出た。

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