第183話 貴族殺し(3)


「なんだよ……これ」


 この書籍が正しければ、だがな。

 俺はレオナルドが読みやすいようにページをゆっくりとめくる。そこにはエンドランドの恥ずべき歴史が刻まれていた。


「これ、まじかよ」


「おそらくな」


「人体実験って……」


 その禁書にはエンドランドでされた極東人・エルフ・サキュバスなどの知的魔族を使って薬剤や様々なものの人体実験をしていたという内容が記されている。

 貧民街の人間も多く犠牲になっていたとも書かれている。


「なぜ、この本が禁書になっていたと思う?」


 俺の質問にレオナルドが低い声で答えた。


「そりゃ、上流階級の立場が危うくなるからだろう」


「そう、自分の間違いを認めたくないばっかりに真実を記した書籍すら禁書として封じ込められている。何もかもが上流階級の都合のいいように作られている。それが今のエンドランドだ。著者をみてくれ」


 著者の男は牢獄で死んだとされるエルフだった。かなり古い時代から収監されており、死んだのはごくごく最近だ。俺たちもその存在を知ってる。


——極悪エルフのキリー


「最後まで殺人を否認し続けて死んだって聞いたけど……この禁書を書いてばらまいたことが本当の収監理由だったとしたら?」


 少し話が飛躍し過ぎたかもしれないと心配したが、レオナルドには伝わっているようだ。


「エンドランドの上流階級たちが真実を知られることを恐れてキリーを収監し牢獄死させた。でも、キリーの言っていることが正しかったとすれば……」


「コンベルト家が過去の人体実験に関わっているかどうか、保安部で調べてみる。時間はかかるかもしれないが、滅亡したコンベルト家の押収品から過去の記録なんかがうまいこと見つかるかもしれん。そうでなければもう一度家宅捜索で見つけよう」


「やってみる価値はあると思うぞ」


 俺の仮説が正しかったとして、犯人だと思われる人物は多数存在するだろう。先祖を殺された極東人かもしれないし、エルフかもしれない。

 サキュバスかもしれない。

 この歴史を知っていて、関係のない正義感を振りかざす何者かが殺人をして回っている可能性だってある。


「なんか、すごいことになって来たな」


「ソルトさん、あんたに相談してよかったよ。俺はこ上流階級じゃないけど……こういうこと知らずに育ったからさ。ありがとう」


「おう」


「また、何かわかったら執務室に行くよ」


「次はアポとってからこい。受付に迷惑かけるなよ」


「へいへい、これご馳走さん」


 レオナルドが古書店から出て行くと俺は禁書を地下室にしまった。可能性だけで言えば、貴族のルーツを持つ鑑定士だって殺される危険があるわけだ。

 俺が持っている知識も先人たちが人体実験をした上で確認した上で認知されたものかもしれない。

 様々な毒性の植物を捕まえたエルフや極東人、魔族なんかに食わせて実験をして見つけた成果だった可能性がある。

 俺が持っているあの図鑑も、幾多の命の犠牲の上に作られたものかもしれない。


「どうしたの? 暗い顔して」


「聞いてたろ」


「聞いてたわ」


 サングリエは甘いホットワインを俺の前に置いた。

 レモンとシナモンという香料をワインと一緒に煮ることで酒の成分を飛ばして飲みやすくなっている。

 サングリエはそれに養蜂場で取れた蜂蜜を入れているのでとても甘い。


「嫌な事件ね、全く」


「そうだな」


「でも、エンドランドの旧体制じゃありえない話じゃないわね。いまだに貧民街では多くの子供が死んでいるし、誘拐や臓器の売買だって行われているわ。この話はネルさんに聞いたんだけどね」


 サングリエはネルとも仲がいいのか。おそるべし。


「私たち冒険者とは違う……一般の市民たちはお金が全てなのよ。だから、上流階級はお金を出せばなんでもできるって思っているのね」


 まぁ、上流階級、貴族なんてそんなもんか。


「だからといって子孫を殺すなんて……考えられないわ」


 サングリエの言う通りだ。

 たとえ、エンドランドがその歴史を抹消しようとしていたとしても今を生きている人間にはなんの罪もない。祖先が犯した罪を何も知らない子孫が償うと言うのは道理にかなっていないのだ。


「サングリエはどんな犯人だと思う?」


「あら、探偵業でもするつもり? そうね、私はきっと強い恨みを持っている人物だと思うわ。大事なものを奪われたとか……そういう倫理的な考えなんてなくなっちゃうほど強い恨みを持っている」


 ホットワインを飲んで、胃が少し落ち着いた。自分の口から香るシナモンが爽やかでおかわりを自分で注いだ。


「まずは、レースのことを考えましょ。私も一生懸命頑張るから」


 本当に心強い人だ。

 サングリエは腰巻のエプロンを外すと再度ソファーに座りなおすと俺に向かって優しく微笑んだ。


「ありがとう、サングリエ」


 ゆったりと過ごす時間が俺は好きだ。でも、今日は元戦士たちに野菜やワインをプレゼントする予定だしそろそろ帰らなくては。

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