第182話 貴族殺し(2)

 サブリナにはあとで埋め合わせをしないといけない。そんな風に思いながら俺は古書店への道を急いだ。

 ただ、彼女も「貴族殺し」には興味があるらしい。彼女は貴族の出ではないが一般人の興味を引く大きな事件だしな。


 古書店のまで座り込んでいる痩せた男はレオナルドだった。保安部の制服がよく似合っている。


「待たせたな」


「おっ、いい匂いだ」


 レオナルドは俺が持っているバスケットに釘付けだ。まかないサンドイッチやらうなぎの握り飯やら香草ソースのパスタやらが入っている。


「入っててよかったのに」


「誰かいるのか?」


「あぁ、こうやって灯りがついている時は中に俺の幼馴染がいるんだ」


「サングリエ、ちょっと店内のテーブル借りるよ」


 サングリエが台所から顔を出す。刺激的ないい香りは最近彼女がはまっている唐辛子を使用したお酒にあうおつまみ作りのせいだろう。

 ワインを発注してくれている酒場にお試しで渡すことで顧客開拓を行なっているらしい。彼女の商才には頭が上がらない。


「で、話ってなんだよ」


「貴族殺しの関連性が少し見えてきたんだ」


 レオナルドは探偵顔負けのドヤ顔で俺に言った。


「どうやら根絶やしにされた貴族はかつて奴隷を使っていた貴族ってことだ」


 まぁ、貴族なら奴隷ぐらい雇っていることはあるだろうな。


「で、奴隷なんて今では禁止されているものの昔は当たり前だったんだろ?」


「おいおい、まだ話の続きはあるんだぜ」


 俺はうなぎの握り飯を食いながらレオナルドの話に耳を傾けた。


「その殺された貴族たちの先祖は……古い時代に極東人やエルフ、サキュバスなんかを奴隷としてほとんど見返りなく働かせてたらしい。っても俺たちの曾じいさん世代の話らしいけどな」


 エルフもそうだが、エンドランドでは極東人も昔は「人間ではない」とされていた。恥ずべき歴史だが今は極東人もエンドランド人も変わりなくここで過ごすことができる。


「で?」


「そう、俺の見立てではこの殺しは復讐だ」


 復讐か。つまり、昔奴隷として扱われて大事な人を殺された過去のある奴が非道な方法で奴隷を扱っていた貴族たちを殺して回っている?


「じゃあ、エルフじゃないか。時代背景的に極東人ではまず恨みを持つ人間が生きていないだろうし、サキュバスは考えられるが……うーん」


 サキュバスはエルフよりも寿命が短いため考えにくいだろう。戦闘能力からしても……。


「エルフか。それはあり得る話だが……。ついこの前死んだコンベルト家はエルフを奴隷にしちゃいない」


 なら、極東人か?


「そこが謎なんだよなぁ」


 人が死んでいると言うのにどこか嬉しそうなレオナルド。大変不謹慎である。


「まぁでも……あの殺し方は復讐とみて間違いないだろうな。首を落とし、確実に生命を絶っている。それに、体を壁に磔にしたような後もあったらしい」


 あの時はパニックになったエスメラルダが心肺蘇生をするために体をおろしてしまっていたが……。

 復讐……か。


「極東出身のエルフが怪しいんじゃないか?」


 レオナルドは完全に思いつきで話し出した。


「だめだめ。ちゃんとした証拠を持ってこないと俺は議論しないぞ。例えば、殺された貴族……の先祖たちが過去に何かに関わってたとかそういうもっと具体的に犯人を割り出すようなさ」


 レオナルドはパスタを豪快に口に突っ込んで「そうだよなぁ」と言った。


「今のところはそんなレベルの情報ってこった」


「ソルトさん、あんたはどう思うんだよ」


 レオナルドの瞳がきらりと少年のように輝く。


「まだなんとも言えないが、犯人は復讐……かそれに近い強い憎悪的な感情を抱いている。そして、小細工なしにターゲットを惨殺しているところからして戦士の血が混じっているとみて間違いないだろうな」


「戦士か、確かに。魔術師や回復術師、鑑定士や薬師なんかであれば魔法や毒や罠で殺すよな。あんな風に力任せに殺したりしない……か」


 俺としては、正直貴族だけが襲われているところからして関係のない話である。極東出身のエルフと言えばネルがそうだろうが、彼女は連日の手術で忙しくて流通部に顔も出してないし、犯行時間も手術をしていたらしい。

 それに、ロームから暗殺者が来ている可能性も考えられるが、ロームとのポータルはかなり厳しく審査がされており、復讐を遂げるために入国することは不可能だろう。


「情報が足りない。レオナルド、もっと死んだ貴族たちについて調べることはできないか? できればもっと奴隷がいた時代より前に遡ってだ」


 俺には少しだけ心当たりがある。

 それがは、正直当たって欲しくない。


「何か心当たりでも?」


「まぁな」


「教えてくれよぉ」


「推測に過ぎないし、口にも出したくない。正直」


「捜査の役にたつかもしれないだろ」


「じゃあ、ちょっと待ってろ」


 俺はカウンターの奥へと向かう。台所を通り過ぎて地下への階段を降りるとソマリがコレクションしていた禁書に手をつけた。薬師の歴史……えっとこれか。

 一際重たいその本を抱えて俺はレオナルドのもとへと戻る。


「デカイなぁ。その本」


「禁書だからな」


「なんで禁書?」


「この国から消し去りたい過去であり、おぞましい歴史だからだ」


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