第180話 真紅の魔石(2)
「はい、じゃあこの図鑑の付箋の部分をしっかり勉強しておきます」
サブリナに図鑑を貸し出して、俺はやっと一息つけそうだった。彼女はリアとフィオーネのいいとこ取りみたいな子でとにかく質問が多い。
タケルとうまくやっていけるのは彼女が口うるさいせいだろう。多分、あの感じだとずっと喋ってる。
「で、ソルトさんは何を?」
「あぁ、俺は相手のチームがどんな妨害をしてくるかとかそういう偵察をしてくるよ」
「どうやって」
「俺はギルド幹部に友人が多いんだ。やりようはいくらでもあるさ」
俺ながら悪いことを考えている。
このレースってのは妨害ありの結構危険なものだ。前の時は、まじでやばかった。俺たちは罠で丸焦げにされかけたし、飛び出したタケルが腕を飛ばしかけた。
で、今回の俺のチームにはそういう極悪非道なことができるメンツがいないわけで……。
俺が嫌われ役を買って出るわけだ。
「どうぞ」
俺がドアを開けるとその執務室は趣味の悪い置物がたくさん。クシナダが嬉しそうに俺を招き入れてくれた。
「おや、レースのことかな?」
「あぁ、ヴァネッサさん。冒険者用のトラップをいくつか買いたくてね」
「私から直接?」
「あんたが一番強力なの持ってるんだろう」
「ふふふ……よくご存知で」
意地悪な笑みを浮かべたヴァネッサはクシナダに合図をして彼女を物置へと走らせた。
「できれば、セーフティーゾーンに仕掛けられるマヒ系のがいいんだが……」
「君はどこまでも平和主義だな」
「まぁ、そうっすね」
「大丈夫、食い殺される前に助け出される仕組みになっているだろう。今回は極東のシノビも参加するようだしね」
「できれば恨みは買いたくないんすよ。くろねこ亭には子供もたくさんいますし」
「すっかり父親のようになったな」
「やめてください」
まだ未婚です。彼女すらいませんって。
俺はヴァネッサからもらった罠をいくつか手提げバッグに詰め込んで礼を言った。クシナダは今夜もヴァネッサの秘書業務で遅くなるそうだ。
さて、次は……
「エスメラルダのこと、感謝する」
「いえ、無理を言っているのはこっちになっちゃいまして」
エスターの部屋は殺風景で物がほとんどない。くろねこ亭から配達されたサンドイッチの箱があるくらいだった。
普通、戦士部といえばもらった勲章や盾でいっぱいになるはずなんだが……。
「戦士嫌いな君がここまでくるなんてよほどのことなんだろう」
「ええ、レースに参加するチームの戦士について。聞きたくて」
「私に味方をしろと?」
「エスメラルダの件の借りを返してください」
エスターは一本取られたな。と笑ってデスクの引き出しから書類を取り出すと俺に投げてよこした。
そいつは元迷宮捜索人で現在はS級の中でも頭一つ抜けている魔術剣士だった。
タケルとの戦歴はギリギリタケルが勝っている……。
「戦士部の若手1位2位といったところだ。そんなこよりも魔術師のエルフの方が厄介だと聞いたぞ」
俺は魔術師部にコネがない。
この情報はありがたい。
「なんでも……エルフとサキュバスのハーフでフィオーネのように色魔女に血を進化させ、魅了技で敵を翻弄するらしい」
——終わった。
俺は思わず白目をむいた。
タケルとかいうバカは女の魅了に死ぬほど弱いのだ。すーぐ騙されやがる。
「その魔術師はA級。タケル対策でパーティー入りしたようだな」
そうか。
相手はタケルを対策するためにパーティーを組んでやがる。
——いや、一つだけ手があるぞ。非人道的だけど。
「ありがとうございます」
「健闘を祈る」
俺はこの後アロイの執務室に行く予定だったがやめだ。すぐに行く場所ができた。
俺は歩みを進める。
そして、自分の執務室に戻った。
「ミーナさん」
「あら、お疲れ様」
「頼みがあります」
「なあに?」
「鬼姫薔薇の洗脳薬を俺のために調合して下さい!」
俺の頼みにミーナは目を丸くして、俺が洗脳されてるんじゃないか、俺が誰かが変化しているんじゃないかといろんな薬を塗りたくられた。
「誰に使うんですか」
「タケルです」
「なんで……」
俺は事情を説明した。相手の魅了技をかわすためにはタケルを洗脳状態にして俺に従わせるようにする。強い洗脳状態になると相手の心理状態に影響を与える技……例えば魅了技なんかは無効となる。
それは魅了よりも鬼姫薔薇の洗脳効果の方が強いからだ。
「そうですか。では、調合をしましょう。内緒ですよ。あれは禁薬に指定されているのですから」
「使う時はあなたの目の前で使います。それに相手パーティーを振り切ったらすぐに解除することも本人の許可を得て行います」
「うーん。幹部としては了承できないけれど……妹の事件の借りを返すわ」
さて……俺の情報はこの辺で終わりか。
あとは、アイツらに任せてある。
レースは1週間後。それまでに俺は完璧に情報戦に勝つ。そして真紅の魔石を手に入れるんだ。
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