第176話 優秀な売り子(2)


「うまいねぇ!」


 極東のウナギ卸しをイザナミに紹介してもらってくろねこ亭は大繁盛だ。

 特設の外売りでエスメラルダが焼くウナギが客をおびき寄せる。


「キモ……スイ?」


「そう、ウナギによく合うんで騙されたと思って食べてみてくださいっ」


 輝くような笑顔に負けたおっさんたちは次々にウナギ飯と肝吸いを買っていく。ちょっと苦い味とウナギの甘辛い味が酒にはよく合う。

 

「シキちゃん! こっちも!」


 このシキちゃんというのはイザナミの式神である。俺は極東へ交渉に言った際……。


***


「イザナミ、盗み食いはよくないね」


「でも……だってぇ」


 いつもやさしいイザナギが起こっていた。イザナミはしょぼくれていて、俺は平謝りするイザナギに「やめてください」ということしかできなかった。

 そもそも、王妃ともあろうものが式神を飛ばして異国でフラフラしていたのだ。そこそこの大問題である。


「なぜそんなことをしたんだい?」


「私、エンドランドへ行って思ったんです。ヒメやソラがのびのびと楽しそうにしているのをみて。羨ましいなって」


 イザナミは自分が恵まれていても不自由なことについて涙を流した。


「よければですが……式神を通じてうちで過ごしませんか?」


 そう言わざるを得ない空気。


「いいのかい?」


「ええ。万が一式神に何かがあった場合イザナミ様の安全が保証されるなら」


「大丈夫よ、例えば攻撃を食らっても魔術が溶けるだけだし……そもそも人間ではないから洗脳なんかも効かないわ」


 イザナミは涙が嘘だったかのように笑顔になる。

 イザナギも「お願いできるかな?」と俺の方を見ていた。


「で……具体的には何がしたいんですか?」


「私、お店やさんをやるのが夢だったの!」


***


 イザナミなんて呼ぶのは問題があるので「シキ」と名付けた彼女の式神はエスメラルダと交代でウナギや焼き鳥を焼いている。

 ウナギは仕入れがうまく行った時だけの期間限定。普段は中で他の料理を客に、提供したり……いわゆるウェイトレスをしてもらっている。


 シキは話すことはできないが、手際がいい。まるで何もしたことがない王妃様とは思えないくらいだ。

 何よりも、いつも笑顔! 楽しそうに仕事をする姿にくろねこ亭の店員だけでなくお客さんも癒されている、


「あっ、ソルトさん! おつかれさまです」


「お疲れ、エスメラルダ……っとシキさん」


 シキがにっこり微笑む。エスメラルダの方は忙しそうにうなぎをひっくり返しては継ぎ足しの醤油だれにつけている。


「ありがとう」


「えっ?」


「手伝ってくれてさ、ありがとう。お客さんも喜んでるし」


「私……そんな」


 エスメラルダが泣き出して、俺は行列からブーイングを食らう。違うって!


「ほらほら、邪魔しちゃだめですよ〜」


 俺の腕を引っ張るのはユキ。かき氷係の帽子をかぶったままふてくされた顔をしている。


「どうした?」


「シキちゃんとエスメラルダお姉ちゃんが人気でユキのお客さん少ないの」


 奥の方でウツタが苦笑いを浮かべている。

 そうか、ついこの前まではユキがこのくろねこ亭のアイドルだったのだ。

 かき氷を運ぶ一生懸命な姿が人気で本人もそれが快感だったらしい。


「あ〜、ソルトお兄ちゃんだ〜」


「おいおい、ナディアちゃん次の配達だろう?」


「え〜、ソルトお兄ちゃんと遊ぶ〜」


 ナディアと退役した女性戦士のコンビが口論を始める。今日もくろねこ亭は賑やかみたいです……。

 新戦力の活躍で今月の売り上げが楽しみだ。そろそろ畑と牧場を広げようと思ったところだ。


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