第174話 ワインとパスタ(2)

「やっぱり……シュー! 先に戻って応援をよこしてくれ! 回復術師と……できれば医師をシャーリャに頼んで」


「にゃにゃっ!」


 シューが一目散に走って行く。

 俺とフィオーネはダンジョンの奥へと足を進め、俺はバッグの中から洗脳解除薬を手に取った。

 これは目覚め岩のコケをベースに作ったもので、もともとは鬼姫薔薇の実で作った洗脳薬を解除するために使っているが、おそらく錯乱系の成分にも効果があるはずだ。

 薬師ではないがそのくらいのことはわかる。


「ぎゃぁ!!!」


 俺たちが目にしたのはまさに地獄絵図だった。このダンジョンのボス。植物魔物のアラウルネがムチのようなツタをふるい、ぱっくりと開いた大きな口はまるで食虫植物のそれだ。

 そして、魔術師が大爆笑をしながらぬるりとアラウルネに飲み込まれた瞬間だった。

 ぐじょ、ぐじょと魔術師を咀嚼したアラウルネは次の獲物にツタを伸ばす。

 座り込んで裁縫をしている回復術師だ。


「戦士は……」


「助けてくれぇ!」


 戦士はなぜか錯乱しておらずアラウルネのツタに絡まってもがいていた。そしてあの鑑定士は……


「ざまぁみろ!! 私を……私をバカにした罰だぁ!!」


 狂乱していた。

 俺が戦士のツタをなんとかほどき、フィオーネが回復術師を救い出すと洗脳解除薬を回復術師の頰に塗りつけた。


「おい! どうなってやがる!」


「邪魔……すんなぁ!」


 俺は突っかかってきた鑑定士の横っ面をぶん殴った。結構本気で。


「うあぁぁぁ?!」


 鑑定士の胸ぐらを掴んで怒鳴り付けようとしたところ、戦士が叫び声をあげ鎧を脱ぎ始める。フィオーネが救出した回復術師も同じように鎧を外す。

 なんだ……錯乱か?


「助けて……くれ腹が……腹がぁ!」


「あははははは!! やっと目覚めたかぁ!」


「貴様!」


 俺が気がついた時には遅かった。腹を割って出てきたのはこのダンジョンでよく見られる肉食の甲虫で死体に産み付けられた幼虫は死体の肉を食って急速に育つ。


——俺の読みが甘かった


 俺はパーティーを錯乱させるために刹那草を使ったんだと思い込んでいたが違う。肉食甲虫の幼虫を丸呑みさせるために……錯乱させたんだ。


「おい! 貴様!」


「あはは……あははっ!」


 鑑定士は狂ったように笑い、そして言った。


「何が戦士サマだ! 鑑定士を雇ってくれているだけありがたい? 鑑定士に無残に殺される寄生虫はお前たちだろうが! パーティーのお荷物が!」


 死体にツバを吐いた鑑定士は俺を見て言った。


「見てよ……戦士も魔術師も回復術師も……私は誰よりも強い!」


 この鑑定士は洗脳されてるわけでも誰かが変化しているわけでもない。こいつは自分の意思で仲間を殺したのだ。


「本当にそうだと思うか」


「あぁ、わかるでしょう? あいつは通りすがりのあんたにも横柄な態度をとった。傲慢な冒険者が……見下していた私に殺されたんだ! なんて愉快!」


「俺はそうは思わない」


「はぁ? 見てなかったのか?」


「俺は……


 鑑定士は眉間にしわを寄せる。


「お前はこいつらに何をした? こいつらがお前を冒険に連れ出して戦って討伐や依頼を達成して」


「私は……」


「戦士は戦う、魔術師は魔法を、回復術師はサポートを。お前は何をした!」


 アラウルネの叫び声が響いた。フィオーネがとどめを刺したんだろう。C級の魔物だ。フィオーネ一人で十分だった。


「私は……荷物持ちと呼ばれ侮辱された! 料理人と呼ばれたこともあった!」


「お前は……仲間のために何をしたって聞いてんだよ!」


 俺は鑑定士の胸ぐらを掴んで揺さぶった。


「仲間をダンジョンに蔓延る罠から守る……その鑑定士が仲間に毒盛ってどうすんだよ!」


「私は……平等に扱ってほしかっただけよ!」


 手に力を込めて、俺は鑑定士の頰をひっぱたいた。

 その時、俺の方に誰かが触れた。

 シューが呼んだ応援たちがついたのだろう。


「ソルト……もうやめるにゃ」


「けが人は」


 保安部に連れて行かれた鑑定士を見送って、俺は現場に来た奴らにことのすべてを話した。そして、あの鑑定士と出会った時……あの死んだような目を見て気がつけなかったことに後悔した。

 シューとフィオーネとダンジョンを出る頃にはもうかなりの時間が過ぎていた。


***


「久々のダンジョンだったけど……やっぱり何もかわってないのかもな」


 閉店したくろねこ亭で俺はため息をついた。

 リアは悲しそうに頷いて


「そうかもしれない……ですね。やっぱり鑑定士部に泣きついてくる鑑定士は多いんです。多分、その子も抱え込んでいたのかもしれない」


 リアはサングリエが試作したクリームショートパスタを取り分けて、俺の前に置いた。クリーミーで心が落ち着く香りがする。


「俺は……うまく言えなかったんだ」


「何をですか?」


「鑑定士のことを信頼しているから、鑑定士に荷物を預けたり鑑定士が作った料理をなんのためらいもなく食べるんだって」


 でも……B級時代の俺におんなじことをいっても何も響かなかっただろう。嫉妬と劣等感でいっぱいになった人間にそんな偽善的な言葉をいくら吐いたとしても無駄なのだ。


「確かに、横暴な冒険者が悪いかもしれない。でも……鑑定士の力を使って復讐なんて俺は許せないんだ」


「私もですよ」


 コポコポと音をたててワインをグラスに注いだリアは俺に差し出した。俺は受け取って口をつける。甘口の白ワイン。


「シューちゃんはミルクだよね」


 リアは優しく微笑んでミルクをシューのために注いだ。


「忘れましょ。冒険者は死ぬ。ソルトさんは何も悪くないです。さっ、クリーム煮食べてくださいっ。サングリエさん特製激辛ですよ!」


 俺はクリーム煮のパスタを食べた瞬間にワインが欲しくなった。

 ワインとパスタ。合わせるのは大変だけれども、試行錯誤してみるともうこいつらはコンビでしか売れないと思わせる。

 鑑定士と戦士。

 いつになったら手を取り合って進める日が来るのだろうか。


 俺はそんなことを思いながら、ワインを喉に流し込んだ。

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