第169話 にゅるにゅる(1)

「これって……水煮にするほかないっすよね?」


 俺の反応を鼻で笑ったのは極東の料理人だった。そのおっさんが持つのは黒くて長細いにゅるにゅるしたあいつだ。

 魚釣りでたまに釣れるハズレ。このにゅるにゅるは食うときもなんかまずい。


「おいおい、こいつは一番のご馳走だぜ、にいちゃん」


「えぇっ」


「よし、うまいもんを作る方法を教えてやろう」


 おっさんは大きなツボを取り出して中を俺に見せてくれた。中には後げ茶色っぽい液体。醤油のかおりだろうか。

 しかし、油が浮いている。


「これは?」


「王宮伝統のウナギの継ぎ足しタレだ」


「継ぎ足し?」


 この醤油ダレは使い切らずに何度も継ぎ足される形で何百年も使っているらしい。なぜ?


「まぁ、よくわからないだろうなぁ。これは王族の皆様の大好物だ。教えちゃる!」


 あの黒いにゅるにゅるを俺は平らにさばいた。極東の料理人の手つきを真似て……なんとかってところだ。

 リアの方はめちゃめちゃ上手くできている。


「で、骨を切る」


 ザグザグと包丁で細かい骨を切っていく。


「身を切らないようにだ」


「難しいっすね」


「で、焼く」


 焼き鳥を焼くような感じで串に刺して焼いていく。そして……例の継ぎ足しダレの登場だ。うなぎをそのままどぷんとタレにつける。

 そしてまた焼く。

 その瞬間、醤油が焦げる香ばしさが広がり、俺たちはあまりにも美味しそうで唾を飲み込んだ。

 リアなんてもうかぶりつきそうな勢いだ。


「こうやって……、何度かつけて焼いてを繰り返して。そうだな、こんくらいの色合いになったら食べごろだ。お嬢ちゃん、焦げちまうからちゃんとみてな」


 そんなことを言いながらおっさんは四角い木の箱に炊きたての白米をつめて、その継ぎ足しのたれを匙で掬うとコメにぶっかけた。そして……


「よぉし、これで完成。にいちゃんたちのもOKだ」


 これは「ウナジュウ」というらしい。

 極東でも祝いの席や特別な席で食べるものでかなりの高級品らしい。まぁすごい手間のかかる料理だ。

 あぁ、早く食いたい……。


「おぉ! ソルト殿! それはヒメのためにつくったのじゃな!」


 横から出て来たヒメにウナジュウを奪われる。


「ぬわっ!」


「うまいのぉ。お主、その継ぎ足しのタレを少し分けてはくれぬか?」


「ヒメ様の仰せならすぐに」


 あのタレはウナギを焼くたびにウナギの出汁が滲み出て醤油タレ自身に味かついていくらしい。何度も何度も醤油を継ぎ足して作った味は唯一無二だそうだ。


「ソルトさん、私のでよけれはどうぞ」


 リアが女神様に見えた。俺はリアからウナジュウを受け取って口に運ぶ。ふわりとしたウナギの身は俺たちがしょうがなく食っていた生臭くてぬるぬるの水煮とは全くの別物だ。

 これならずっとコメを食えそう……。

 

「リア、ありがとう」


 俺はなんとか、かっこみたい衝動を抑えてウナジュウをリアに返した。


「ソルト殿! これをくろねこ亭で出すのじゃ」


「ヒメ……それは厳しいよ。手間がかかるし」


「むぅ……」


「まぁ、ウナギが釣れたらいつでもここにきて作れるようにしよう」


 ヒメとソラがハイタッチをする。


「ウナギってのは養殖するのが難しい上に継ぎ足しは定期的にしねぇとダメだからな。まぁ、やってみろ」


 まず、ウナギなんてのはどこにでもいる魚だ。この国じゃ、まずい魚の代表だからみーんなぽいっと捨てる。

 貧民街でなんにお食べるものがないときに仕方なく水煮にして食べるくらいで。ぶつ切りにするので骨はチクチクするし、塩では取りきれない滑りがなんとも気持ち悪い。

 

「いいこと考えました!」


 リアが手を挙げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る