第166話 ミーナ・シュバイン(4)


「ミーナさん? なんつーこと言ってくれたんですか」


「ご……ごめんなさい。つい、売り言葉に買い言葉で……」


 何が売り言葉に買い言葉だ! なんの脈略もなく結婚するだなんて言いやがって。シュバイン家のヘイトが俺に向いちまうじゃないか。

 エリーが「あちゃあ」と言いながら俺たちに緑茶を淹れた。執務室に大きなため息が響いた。

 親父は相変わらずニヤニヤ。こいつ……。


「いっそのこと結婚しちまえば?」


「何いってやがるんだ、バカ親父」


「で? ミーナさん、どうするんですか」


 ミーナは俯いた。なんの考えもなしにあんなこと言ったのかよ。


「でも、あの家を出るのが目的だったんです。あれでよかったかと」


「でもよ、もう一軒行かなきゃいけねぇと俺はおもうぜぇ」


 親父は湯のみをトンとテーブルの上においた。


「どこだよ?」


「バカ息子、迷惑かけてる俺の元チームメイトさ。大丈夫。話のわかるやつだ。ほら、行こう」


 本当に散々な日である。


***


 ジェフ・コンベルトの執務室へ俺たちは入った。センスの良い純喫茶のような内装でジェフ本人はデスクで何やら資料を読み込んでいた。渋い白髪に、片眼鏡をかけて、ビチッと白衣を着こなしている。

 

「どうぞ、かけてくれ。久しいな、おや、息子さんかい?」


「あぁ、ジェフ。でも話があるのはこちらのお嬢さんだ」


「ミーナ……シュバインです」


「あぁ……シュバイン家のお嬢さんか。さぁ、みんな座ってくれ」


 俺たちはジェフに促されるままソファーに座った。薬師の部屋なのに薬品くさくないなんて意外かな? と笑った彼はとてもユーモアの溢れるいい人だ。

 

「こいつは勉強好きの人嫌いでな、あの毒水騒動の時も会議をすっぽかしてたおかげで助かったぐらいだ」


「おいおいやめてくれよ。真似したらいけないよ」


 俺とミーナに微笑みかけて、ジェフは向かい側に座った。


「言いたいことはわかっているよ。ミーナさん。俺みたいな偏屈ジジイと結婚するなんて嫌だ。そうだろう?」


 品の良い紅茶の香り。

 ミーナは俯いたまま。


「そりゃそうさ、こんな綺麗なお嬢さんが家柄が良いってだけのジジイとなんて嫌に決まってる。それに……」


「それに?」


「君のご両親は我が家に話を持ってきたとき、全く……君の話をしなかったんだ。家の存続のためとか、次期当主になってほしいとか。そんなことばかりだ。僕はそんなこと一つも興味がないっていうのにね」


「まぁでも……君の話を先に聞こうじゃないか」


 ジェフは優しく微笑んで、ミーナが口を開くのを待った。


「私は、ずっとあの家で邪魔者だと……出来損ないだと言われて育ちました」


 ミーナは一人っ子だった。父や母の言うような才能はなく、覚えも悪かった。天職は「薬師」だったが、その中でも劣等生。

 シュバイン家の次期当主としての才能はないと嘆く母親を見て育った。


「母は……私が14の時。天職が薬師と判明したとき私に言ったのです」


——いっそ、お前が薬師じゃなかったら私はこんな思いしなかったのに


 そして、ミーナの母親は新しい子供を妊娠した。生まれた子供はあのソマリ。3歳の頃から様々な薬草を見分け、数々の本を暗記した。

 それからは、シュバイン家はソマリ中心に回るようになった。


「私は薬師として大成することはなく、流通部に配属されることとなりました。人気のないこの部署で幹部をやろうなんて人はいなくて、私が幹部になったんです」


「だから、私あの家の存続なんてどうでもいいんです。自分が愛する人のそばにいれて、好きな仕事があって……可愛い弟子がいて……。だから、ごめんなさい。うちの家から言いだしたことなのに」


 ミーナは震えながら立ち上がりそしてジェフに謝罪した。

 俺は何かフォローをしようと思ったが親父に視線で止められた。


「そうかい、君は俺とよく似ているね。気が合いそうだから残念だよ」


 ジェフは紅茶を飲んで一息置いてから


「僕は次男でね。割と自由にやってきたほうだ。こんな性格だからこんな年まで伴侶を見つけられずにね。そして、格下の家の婿入りに放り出されたんだ。本人の意思なんて無視してね」


 ジェフは「お互い苦労するねぇ」と苦笑いをした。


「いっそのこと名前を捨てようと思ってね。今回がいい例だ。俺はここでこうして薬品と向き合っているのが幸せだ。そうやって生涯を終えることを許されない家柄ならそんなものいらないからね」


 俺たちは少しの間、ジェフの執務室で過ごした。

 薬師部は医師部と同じようにそれそれに執務室があたえられているらしい。流通部とは大違い。ほんと、恵まれている。


「私も、家を離れるわ」


 ミーナはそう言った後、俺に謝罪した。


「あんなこといってごめんなさい、でもね……君なら結婚しても幸せになれるんじゃないかって思っただけなの。忘れてっ?」


 ミーナはそういうと駆けて言った。


「姉さん女房かぁ……きっといい嫁さんになるなぁ。ソルト、子供はできるだけたくさん。薬師と鑑定士だけどお前の母ちゃんは戦士と魔術師の天職があったら可能性は無限大だ!」


「親父……勘弁してくれよ」


「進展あったら教えてくれよ!」


 背中をバチンと叩かれ俺はつんのめった。親父はジェフさんと少し酒を飲むらしい。俺は一人、農場への帰り道を歩くことになった。

 帰って着た途端、一悶着あったが……ゆっくり温泉にでも入って寝よう。

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