第164話 ミーナ・シュバイン(2)
「ここは、落ち着きますね」
「だろ。俺の隠れ家にしようと思ってさ」
「へぇ……意外といいキッチンもあるし、私も試作品作るときに……」
「だめだ。ここはサングリエに使わせる」
「えぇ〜」
リアのブーイングを無視して俺とエリーは腰掛けた。ここはソマリの古書店だ。ここに店主はいないし、俺が貰い受けた形となった。書籍に囲まれていい気分になれるし、家にいると何かと頼られがちなのでいい隠れ家になると思ったんだけどなぁ……。
サングリエも読書が好きだし、二人でこっそり使おうと思ってたがまぁいいだろう。
「ミーナの話、お前たちも聞いていただろ?」
「ええ、結婚ですよね。でもミーナさんはしたくないみたい」
リアが眉間にしわを寄せる。
「お相手は誰なんでしょうね」
エリーがキッチンにあった湯のみと急須を使ってお茶を淹れてくれた。薬膳茶だ。うまい。
「家柄の良い薬師で独身。シャーリャに頼んで絞り込んでもらえばわかるかも」
「でも、俺たちは何もできないだろ」
エリーとリアが顔を見合わせてそして冷たい視線を俺に向ける。
正直、俺たちが感情的になる問題じゃない。ミーナの問題だし、嫌ならミーナが反発すればいい。
俺には関係のない話だ。
「ソルトさんって冷たいんですね」
「リアも聞いてたろ、俺には関係ないことだってミーナが言ったんだぞ」
「そうですけど……女心なんですから。手を貸すのがマナーでしょ」
「えぇ……俺、ミーナの家と揉めるのはごめんだぞ……。ただでさえソマリの件で恨まれてそうだし」
「確かに」
エリーはリアと違って冷静だが、それでもミーナの味方らしい。
「で、どうするんだよ? 俺たちでなんとかできるわけでもないのに……」
「とにかく、戻ってミーナさんと食事でもしましょう。腹を割って話せば弱さを見せてくれるかも。話してもらえれば……解決策が見つかるでしょう」
見つかりゃしないだろう。
俺は平民の出身だし、というか実家は貧民街のあの小さな酒場だし。ミーナの実家なんて多分すごいお偉いさんだぞ。
俺の助言やアイデアなんて門前払いになるに決まってる。
「まぁ、食事を取るのは賛成だな。そういえばフィオーネは?」
「あぁ、エスターさんに呼ばれたとかで先に戻るってさ」
リアは「ほんと、忙しい子よね」と言ったがその通りだ。俺とは違ってかなりフィジカル的に労働をしたばかりだというのに休まずに上司のもとへ行くなんて……。
フィオーネはロームで畑を作るために残飯をもってあちこち駆け回ったり、収穫を手伝ったりして四六時中働いていたそうだ。
戦士の体力の多さに俺は正直脱帽している。エスターが目をかけている理由も少しわかる気がする。
「じゃあ、ランチボックスでももってミーナと仲直りするか」
***
「あら……その、ありがとう」
くろねこ亭で作ったちょっぴり豪華なサンドイッチを執務室で広げた。ミーナと俺、そしてリアとエリー、
「ミーナさん。何があったんですか?」
リアは確信をつくように「嫌な人と結婚させられるんですか」と言った。ミーナはサンドイッチを手に持って、そして小さく頷いた。
「薬師部のジェフ・コンベルトよ。コンベルト家の次男でその……」
「俺の元チームメイトだ」
久々に聞いた声の主は大きな鳥の丸焼きを持って執務室の扉のところに立っている。
「いやー、可愛いバカ息子が帰ってきたって聞いてな」
ハーブの香りが漂い、焼き鳥の香ばしい香り。親父は大きなナイフで肉を削ぐとミーナのサンドイッチの上に乗せた。
「親父のチームメイトって?」
「あぁ、お前の母ちゃんと一緒に迷宮捜索人をしてたとき、薬師として帯同してくれていたやつだ」
なら、かなり年寄りってことか。
それが、ミーナが嫌がっている大きな理由だろう。有望な良い家柄の薬師でもっと若いのはいないもんなのか。
「私が年増だから……仕方のないことなの」
「ミーナさん……そんなこと」
若いリアが言ってもなんのフォローにもならない。ミーナが言うに若い有望な薬師は中途半端な良家に婿入りするなら自分の愛する人と一緒になる方を選ぶ。
俺としてはそんなことないと思う。
ミーナは十分綺麗だし、そこらへんの若い女なんかよりいい女だと思う。整理整頓ができないことを除けばとても良い伴侶になってくれるだろう。
「でも、ミーナさんのお家ってソマリさんを散々優遇してミーナさんを追い出して……それで都合よく戻ってこいなんておかしいですよ」
エリーは親父から一切れ受け取るとモグモグと頬張った。
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