第162話 入れ違いの悪意(2)
「えっと……まじか」
俺は部屋に入って来た人物をみて言葉が出なかった。俺が見たときよりも随分元気になったスピカだった。
腕の骨を売ってまでこの国を違法に出国した彼女。ネルをおびき寄せるエサとしてソマリに使われた可哀想な女性だ。
「よぉ! にいちゃん」
ルドとアルもなんだか綺麗な格好をさせてもらってご機嫌だ。
「私は……ルーデル家に通いで勤める家政婦をしていました。この子たちは、彼……ロッシの子供です。ロッシが死んだと聞き……子供をルーデル家に奪われるかもしれないと思った私はソマリさんの計画に乗りました」
スピカは貴族の出身ではない。
そのため、ルーデル家に入ることはできないそうだ。そのため、ルーデルの血を引く子供だけを奪われる非情な判断が下されるとスピカは考えた。
あのロッシでさえ、平民のスピカを家に入れると言わなかったのだから。それどころか、いい家柄だからとあろうことか人間の女を愛するようになった。
でも、スピカにはどうでもよかった。
子供たちと一緒にいることができれば、ロッシになど未練はなかった。だから、ソマリの計画に乗ったのだ。
「私は……ネルを探すというあの奥様の血眼を見て私……子供と引き離されるんじゃないかと……家も身寄りもない私は遠くへ売られてしまうのではないかと」
スピカはすすり泣き、ネルが彼女の背中をさすった。
「で、私は提案をしたんだ。この子たちと……それからソマリの腹のなかにいるもう一人のルーデルの血を引くものを。私の師匠に育てさせてくれないかと」
シシ・アマツカゼが医師としてルーデル家を存続させながら、女王の健やかな生活を守る。シシ・アマツカゼは極東に住んでいたとはいえ、エルフ。大きな弊害なく進むことができるだろう。
「ソマリは間接的であるが貴族を殺そうとしたし、密出国を企て、エルフの骨の売買をさせた。エンドランドのラクシャ女王はソマリがロームで犯した犯罪の処罰をロームに任せるとおっしゃった」
普通、自国民を守るものだが……エンドランドは誠意を示すために他国で犯罪を犯した国民を引き渡しその国の処罰を受けさせるのだ。
一番、摩擦のない決定だと俺は思う。
「で、グレース様は……?」
「まずは、子供を産ませる判断をなさった。そして、ソマリにロームの市民権を与えた。人間としては初めての……市民権だ。ソマリはエンドランドではなくロームの市民となる」
それじゃ、なんの罰も……与えられないってことか?
事情があったとはいえ、ソマリは毒を盛ったんだぞ?
「納得がいかないか」
ネルは俺をじっと見据えた。
俺としては死ぬほど迷惑をかけられた上に、国交上の大問題に発展してしまった原因である彼女をこんな簡単に許してしまうことに危機感を覚えている。
「あぁ」
「この国は変わるだろう。でも、すぐにとはいかないだろう。だから、この国で……初めての人間として過ごすことは辛い道だろう。そして自らの子供にその説明をしていく責任がソマリにはある。何よりも、女王は子供から母親を取り上げるべきでないと」
ソマリの腹にいる子は人間とエルフの血を引いている。つまりはこの国が、新しくなる第一歩ということだ。
「ネルさんはそれでいいんすか」
ネルは少しだけ目を伏せて言った。
「私の家族はここにいるシシ・アマツカゼだけだ」
スピカたちはきっとエンドランドの貧民街にいるよりも当主のいないルーデル家で子供と一緒に過ごす方が条件がいいだろう。ルドとアルは少しだけくろねこ亭が恋しいようだった。
「すんません、何もできなくて」
ほんと、不甲斐ない。
サラマンダーにぶっ飛ばされて大怪我して眠っていたなんて、あんな大口叩いてここに残った俺。
いつも通り鑑定士らしくサポートしかできなかったわけだ。
「まだ、やることがある」
「丸く収まったんじゃないのか?」
「ダルマス商会を流通部が摘発し、ソマリとスピカに自白剤を飲ませた上でどの男に骨を売ったか質問した。だが……結論から言うとダルマス商会は関わっていないことがわかったんだ」
そのせいでエルフの骨は見つからず仕舞いのままだそうだ。
「ダルマス商会についてもだが、帰ったら少し調べる必要があるな」
ネルは俺の肩を優しく撫でると「お疲れさん」と言って、客人たちを連れて部屋を出ていった。
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