第161話 入れ違いの悪意(1)

「まず、何が知りたい?」


 ネルはリラックスするように伸びをした。


「もしかして俺、特に何もできないまま解決した感じ……だよな?」


 ネル「そうだな」と笑った。


「で、ネルは大丈夫なのか?」


「じゃあ、事の真相から話そうか」


 ルーデル家、仮の当主であるリメッタ・ルデールは伝統ある貴族の家系を守ることに必死だった。

 息子……ネルの弟であったロッシ・ルデールは異国から学びに来た人間の女に恋をしていた。

 ロッシは幼い頃失った姉を想い続け、国を出て旅に出たい。そんな風に語るようになっていた。

 そして、リメッタは見てしまった。息子が人間の女を愛おしそうに抱きしめるのを。いつかは異国へ帰る人間の娘を愛している息子は、もしかしたら人間の娘と出て行ってしまうのではないか。


「私の母……リメッタはある日。ソマリを殺そうとした。庭に栽培している麻酔用の毒蓮を使って」


 ルーデル家伝統の乾パンとよく合うトウモロコシのスープの、ソマリ用のものに毒蓮の花びらを絞った汁をたっぷりといれた。ソマリはあのスープが大好きだったから。

 

「一方でソマリは母を殺そうとした」


 俺はネルの言葉にあの時のグレースの言葉が過ぎる。


——ソマリ・シュバインに気をつけなさい


 グレースは……彼女の企みを知っていたのだろうか。


「でも、ソマリは自白剤で話してなかったよな?」


「あぁ、彼女の企みは失敗してしまったのだからな。それに、我々は弟の死についてはソマリに尋ねなかった」


 どういうことだ?


「自白剤は質問に対して真実を答えるというものだからな。私やミーナはソマリに、ダルマス商会のことやスピカの密出国のこと、そしてソマリの相棒のこと。私たちはソマリが人質を取られたと聞いて……尋問をやめたんだ。


 ソマリはリメッタを殺そうとした。

 庭で栽培していた毒蓮を使って……。ソマリはリメッタが好んで好きなジャムにたっぷりと毒を入れた。あの古臭くて苦いジャムを食べるのはリメッタだけだったから。


「それは、リメッタがスープに毒をいれた日と同じ朝だった」


 ネルは「ふう」と息を吐いた。


「お前が寝ている間に、グレース女王と我々はソマリとリメッタに自白剤を飲ませて尋ねた。どうして、弟が……死んだのか」


 ソマリとリメッタはお互いに毒を盛った。でも死んだのはネルの弟ロッシだった。


——ごめんなさい、私……体調が悪くて甘い匂いが苦手なの


 ソマリは朝食を食べずに席を立った。腹に子供がいた。匂いで吐き気をもよおして、それを悟られたくなくて……席を立った。怒ったような顔をしたリメッタに悟られないように会話なんか聞かずに遠くにあるトイレに向かった。


——そうか、なら俺が飲むよ。母さんのスープは最高だからな


——その前に、母さん、たまには俺もそのジャムを食べようかな


——あら……少ししかないわね。ロッシ、あなたが食べていいわよ。余ったスープなんて飲めなくなるくらいたくさん。


 ロッシは死んだ。朝食を終えた後、たっぷりジャムがついた乾パンを食べ、母が止めてもスープを母に隠れて飲んでしまった。

 スープを飲み死んだロッシを見てリメッタは思った。息子を殺してしまったと。


「そしてリメッタは庭に出て、言ったの。毒蓮が足りない。愛しい息子を殺したのはソマリ、お前だと」


 ネルは悲しそうに言った。


「ソマリは朝食のジャムがついたロッシの皿をみて思った。自分がロッシを殺してしまったと。そして、お腹の子供を守ることがソマリの最優先事項になった。エンドランドに帰るため……リメッタに従った。言われるがまま、私をリメッタに引き渡すことが最良だと考えた」


 つまり、女二人がお互いに盛った毒を不運にも息子が食べて死んだってことか。ソマリは自分のせいで愛する男が死んだと勘違いし、リメッタは自分の息子を殺してしまったと勘違いしていた。


「で、どうなったんだよ」


「全てを女王と自白剤が明らかにした。母は……死んだ。きっと、愛する息子を失い全てが明らかになったこととは関係なく彼女は全てが終わったらどちらにしろ死ぬつもりだったらしい」


 ソマリは死んだとはいえ、他国の貴族を殺害しようとした罪で裁かれることになるらしい。そのために、プリテラたちが必死に働いている。

 

「で、ルーデル家はどうなる? 女王のお付きの薬師は」


 ネルはここへ残るのだろうか。


「私が、エンドランドへ戻っている間に何もしていないと思っているのか? お前が失敗した時のことも考えて動いていた。等価交換。それがエルフの求めるものだと言ったな」


 ネルはドヤ顔で一度部屋を出た。そして、極東人のおじいさんエルフを連れて戻って来た。


「隠居した年寄りを引っ張りだすなんてなぁ……不出来な弟子をもったもんだい」


「極東で私の面倒を見てくれたアマツカゼ・シシだ」


「よぉ、この小娘ちゃんとやってるかい? お偉いさんになっちまって……久々に顔だしたと思ったら老いぼれじじいに働けって言うんだぜぇ?」


「イザナギ様は快く送り出してくれたよ。本当……極東の御仁たちには頭が上がらない」


 ネルはソラが自殺未遂をした時彼女を救った。その恩を返してくれたのかもしれない。


「で、わしが育てることになった。ルーデル家の跡取りをな」


 シシ・アマツカゼは白い歯を見せて笑った。


「ネル、お前さんの弟は飛んだ色男だよ、まったく」


 不思議そうな顔をする俺に、ネルは「まだ話していないことがある」と言った。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る