第160話 大革命(2)

「私はね、お父様とお母様が人間によって殺された日……私が女王になったあの日に私は誓った。この運命に立ち向かうと、この戦いを終わらせると」


 グレースは涙を堪えるように


「お父様とお母様は人間と戦う選択をして死んでいった。でも、私は人間にわかってほしかった。エルフも人間と同じ心がある、文化を持つ生き物だと」


 人間がエルフにしたことは……残虐非道。

 知能のある生き物相手にするようなことじゃなかったと……ボブやナナから聞いた。

 俺も耳を塞ぎたくなるほど残虐なそれは決して口になど出したくない。

 幼きグレースの願いが人間である俺の心にずんとのしかかる。


「わかってほしかったから……だから、人間を真似た。国を作り……人間の国を真似て制度を作った。私たちも人間と同じことができると、軍を持ち、強くなった。そして、エンドランドと、極東と、友好関係になった」


 俺は小さく頷いた。口を挟む必要はない。


「私を刺したのは……私の愛する男だった。多くの同胞の仇である人間と共存をしようとした私を彼は殺そうとしたの。それから私は、怖くなった」


 ネルが部屋を出た。

 少しの間、俺とグレース間に静寂が流れる。グレースの息づかいが少しだけゆっくりになる。


「だから……女王である私は……逃げ続けたの。愛する人に嫌われるのが怖くて……。女王としての責務を放棄したの」


 心の声が聞こえる彼女にとっては地獄だっただろう。

 人間と歩もうとした彼女を多くの家臣が心の中で罵倒し傷つけた。表面上は笑っていても心では憎む。

 それが……知識を持つ、心を持つ生き物だからだ。


「問題が起こっても……恨みを買いたくないばっかりに介入することをやめた。当人同士で納得がいくまでこの国の人たちは争うようになった。そして、長い時間の中で閉鎖的で偏見的な国が出来上がってしまった」


 だから、この国の人間は仮面で顔を隠しているのか。

 簡単な揉め事が長い争いになるから。仮面をして素顔を隠すことで他人との関わりを拒絶しているのだ。

 そして、この国の文化が発展していなかったのは誰もがリーダーとなり恨まれることを嫌ったからだ。


「私は命が惜しいばっかりに国を……この地に住むエルフと言う種族を生きながらに殺してしまった」


 俺はそっとグレースの手に自分の手を重ねた。


「私はいつしか……生き物の汚い部分を確認し喜ぶようになってしまった。心を読み……」


「みんな自分と同じだって思いたかった」


 俺が口を開くとグレースは涙をこぼし、嗚咽した。幼くして両親を失ったグレースは大人たちの汚い声を聞きながら必死に革命を起こし、エルフたちを救おうとした。そして、一番大切な人に裏切られた。

 きっと、その男にだけは心の声が聞こえることを言っていたのだろう。

 愛してるという心の声に背中を預けたグレースは、抱きしめてくれるはずだった者に刺された……俺なら2度と誰かを信じることはできないだろう。


「でも、あなたは自分を苦しめた女のために異国に残り、自分を嫌う種族のために命を張ってくれた。私がどんなに意地悪をしても……貴方は嘘ひとつついていなかった」


 グレースは俺を支えるようにしてベッドから立たせた。俺はゆっくり、痛みに耐えながら彼女の望む方向へ足を動かす。

 そして俺はここが女王の寝室ではないことに気がついた。ここは、ダンジョンの中に建てられたあの城ではない。

 ダンジョンの外、きっと突貫で作られた新しい城だ。


「この美しい景色が見えますか……豊かで美しく皆生き生きとしている」


 グレースはバルコニーから一望できる景色を指差して言った。黄金色の麦の穂が一面に揺れ、緑色の植物たちは色とりどりの果実を実らせ、畑では多くのエルフたちが慣れない収穫作業をしている。


——あなたはこの国の英雄


「えっ?」


 風の音でよく聞こえなくて、俺が聞き直すとグレースはいたずらな、いつもの笑みを浮かべる。


「私は、かつて目指した国をもう一度作ろうと思います。ナナ、入りなさい」


 扉の向こうから返事が聞こえる。調査隊のナナの声だ。

 そして、彼女は現れた。


「ナナ……さん?」


 そこに現れたのはつり目で、頰にバツ印の傷がついたエルフの女性だった。あの仮面をつけていない。


「これは、幼い頃……人間の奴隷だったころつけられた傷だ」


 ナナはそんな辛い体験をしながら、俺を……信じてくれていたのか。命までかけると言って俺を信じると言ってくれたのか

 俺はそんな事実に心が痛んだ。


「プリテラ」


 フリフリのドレスに金髪縦ロール。仮面を取った彼女は意外と可愛いタレ目でピンク色の頰が可愛いエルフの少女だ。


「ちょっと、いつまで寝てんのよ。アンタのせいでリアちゃんがてんてこ舞いなのよ。それに、こっちは色々で大変なのよ」


「プリテラにはこの国に新しく作る法規制について担当をしてもらうの。誰かが恨みを買ってでも、嫌われ者になってでも統制をしないといけない。私はこの国のために、エルフという種族のために命を張る。女王様だもの」


 おい、まさか。

 俺が眠っている間に……。

 全部解決しちゃったわけ??


「私、本当は優秀なのよ」


 グレースは微笑むと俺の額に唇を押し当てて少女のような笑顔になった。


「でも、悪い人間だっている。人間を信用しすぎるなってネルが言うの。だからしばらくは自由に行き来はできないけれど……この国は変わる。エルフらしく、私らしく。きっと、貴方がまたここに来てくれるまでに」


 グレースは部屋を出て行った。ナナが何やらグレースと一緒に仕事があるようであれこれ騒ぐのが聞こえた。


「お姉ちゃんのこと……不本意だけどお礼を言うわ」


 プリテラは俺の傷口を小突いた。


「いてぇ……」


「私の見込みは間違いなかったわね。あんたの部屋盗み聞きして正解だったわ」


 おてんばなお姫様ってのはどこにでもいるんだな……。


「後で、とっておきのアイスを作りなさいよ。いいわね私のドレイくん」


 プリテラとすれ違って入って来たのはネルだった。

 ネルは俺をベッドに座らせると、隣に腰を下ろし大きなため息をついた。


「お前が寝ている間に、起こった出来事を教えよう」


「あぁ……何がどうなってる」


「まず、女王様はお前にゾッコンだな」


 

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