第159話 大革命(1)


「おいおいおいおい! どうしてこうなった!」


 俺はプリテラを抱えてダンジョンの中を走り回っている。

 というのもダンジョンボス・サラマンダーに追いかけ回されているのだ。頭のでかいトカゲみたいな形のサラマンダーは灼熱の炎を吹きながら俺たちを追いかけ回す。


「にゃぁぁぁ!!」


「シュー!」


 シューが放った魔術をサラマンダーの大きな右手がぶっ飛ばした。傷一つ付いていない。


「ちょっと、なんなのよ! あいつ!」


 プリテラが俺の背中越しにサラマンダーを観察する。


「やぁぁ!!」


 フィオーネがサラマンダーに向き直ると大剣を振り下ろした。ズバンと何かが切れたような音がしたが、フィオーネの悲鳴が響く。サラマンダーの炎に炙られて、フィオーネはギリギリのところでシューに助け出された。


 「くそっ!」


 俺は煙玉をサラマンダーにぶつけて大岩の影に全員で身を隠した。プリテラは何やらブツブツ呪文を唱えながらフィオーネに手を当てる。

 みるみるうちに焦げたフィオーネの皮膚が再生し……。


「ソルトさん、これを」


 フィオーネの大剣についていたのは黄色いベトベト……ぬめぬめだ。見た所サラマンダーの体液のようで毒素はなさそうだ。

 触ってみるとひんやりと冷たくて、弾力がある。


「これが魔法も剣も弾いている原因だ」


 俺はそのぬめぬめを手にとって匂いを嗅ぐ。これは……。


「なんにゃ」


「ダンジョンボスを倒すには、ダンジョンにヒントがある」


 俺は望遠鏡で階層の天井を除く。やっぱり……な!


「シュー、あのトカゲ野郎を俺がひきつける。俺が合図をしたらトカゲ野郎の真上、階層の天井を魔法で傷つけてくれ」


「激酸岩だ。このサラマンダーは激酸岩に囲まれたこのダンジョンで生き抜くために粘液で体を守っている。酸を浴びれば粘液は酸を中和し一時的になくなるはずだ。そしたらフィオーネ、一気に攻撃だ!」


「あいあいさー!」


 シューとフィオーネが返事をする。


「プリテラ様はここでお待ちを。何かあればすぐにここを出てください」


 俺はすぐ近くのダンジョンの出口を指差した。

 プリテラは不満そうに俺を睨む。


「じゃあ、行くぞ!」


 俺は大声をあげながらサラマンダーを刺激する。弓矢で酸モモをぶつけて威嚇する。サラマンダーは獲物である俺を見つけると大きく口を開き、炎を吐きながら襲ってくる。

 俺はなんとか攻撃を避けながらサラマンダーをあの岩の下へ……あと少し。


「ぐぅっ!」


 肩をかすめたサラマンダーの爪が俺の肉を抉った。

 傷口は燃えるように熱い。


「シュー!!」


 半分叫び声のような合図とともに閃光が走った。シューが放った魔法の矢がダンジョンの天井に突き刺さり、激酸岩から強烈な酸が噴射する。サラマンダーは酸を浴びるが、粘液が酸を中和しブルブルと体をふるった。

 ぬめぬめと光っていたサラマンダーの体が光を失う。予想通りだ。


 サラマンダーが倒れこむ俺に向かって大きな口を開ける。

 炎を吹く前にサラマンダーはピタリと止まり、振り返ろうとした。

 でも、奴は振り返ることはなかった。

 あまりにも早すぎたのか、俺が長い間瞬きをしていたのか……サラマンダーは、ぱっくりと縦に切り裂かれ、どしゃぁんと大きな音を立てて崩れ落ちる。

 サラマンダーがさっきまでいた場所に降り立ったのはこぼれた酸で軽装備を溶かし大変セクシーな感じになっているフィオーネだった。


「作戦成功……だな」


「育成魔石にゃ!」


 ちゃっかりしているシューがボスの奥に鎮座する魔石を手に入れたようだ。


「やべ……」


「ソルトさん!」


 フィオーネの声が遠い。いつの間にか俺は痛みを感じなくなっている。あれだ、洗脳されたタケルに刺された時以来……だ。


「私も作戦に混ぜなさいよね。お姫様扱いばっかしちゃって」


 暖かい光だ。

 俺……死ぬのかな。


——自分ばっかりカッコつけるんじゃないわよ。カッコよかったけどさ。人間さん。


***


「目覚めましたか」


 目を開いた俺の視界にいたのは天使……じゃなくてグレースだった。今は桃色の髪で翡翠の瞳をしているが……すぐにグレースだとわかった。

 俺の渡した腕輪をしているから……。


「俺……」


 グレースは俺の唇に人差し指を当てて塞ぐようにした。俺は彼女の意向通り黙る。

 天蓋付きでレース飾りがふんだんに使われたここは……グレースのベッドだろう。グレースは俺が横になっているベッドに腰掛けてそして微笑んでいる。


「お目覚めか。治療した甲斐があったよ」


 懐かしい声。

 それでも、それはこの国にいて欲しくない声。

 オレンジ色の髪にオレンジ色の瞳。森の香りを漂わせる彼女。


「ネル……さん」


「泣きながらフィオーネがギルドに駆け込んできた。プリテラ君の応急処置がなければ死んでいただろう」


 俺は傷があったはずの肩に触れた。火傷跡のようになっているがえぐれた肉は再生し始めている。よく見りゃ肺のあたりまでもっていかれていた。


「ネルの腕は世界一ね」


 あぁ……俺が怪我をしたせいで……ネルはここにきてしまった。

 俺のせいで、計画は失敗してしまうのか。

 ネルはまたカゴの中の鳥になってしまうのだろうか……。あとはうちの女王様に頼んで……いや、俺は……。


「もう2日も眠っていたのよ」


 グレースは静かに言うとなぜか自らの赤いドレスをはだけさせる。俺は思わず目を閉じて見えないようにするが、グレースは「目をあけて」と言う。

 ゆっくり目を開けるとグレースは背を向けていて、露わになった背中の中心には大きな傷が見えた。


「これはね、はるか昔。この国がエンドランドと友好関係になった時、負った傷よ」


 グレースはすっと傷を隠すようにドレスを着直すと俺に向き直って、ゆっくりと口を開いた。


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