第157話 新開拓のすすめ(2)
「フィオーネ、明日一緒にダンジョンに入ってくれないか」
「いいですけど、なんで?」
「俺の予想が正しければ……アレが手に入る」
「アレ?」
「俺たちも手伝うぞ!」
炭鉱担当たちが声をあげた。
「手伝ってもらえるとありがたいが……おそらく魔物がいる。そいつを討伐しに向かう」
「で、何があると言うんですか」
ナナはなんだか不満そうだ。俺が全てを話さないからだろう。
「農業によく使える魔石です。水質調査で判明しましたが……おそらく。確証はないので……」
「でも知りたい」
「育成魔法石というクリスタルがあるんだ。いくつかのダンジョンでしか見つかったことがないとされていて……水質調査の結果。あのダンジョンにある可能性がある。と思う」
ナナを含めエルフたちはざわざわと噂する。
「つまり、あのダンジョンの奥底にはその育成魔石というものがあって……それはこの国を豊かにすると?」
「ええ。育成魔石を水につけるとその水は【育成水】となります。それを農業に使えば……作物が1日〜2日で収穫できるようになります」
ナナは
「でも、この地質をどうにかしないと……」
と言った。まぁ、それは手があるんだけどな。
「女王陛下に頼み事だ。大きな空き地と、それから益獣の輸入。それから俺の弟子をここに呼ぶ」
ナナたちは首をひねった。
***
グレースへの食事はダンジョンで採集した作物をふんだんに使った。エルフの料理人たちはすごく嫌がっていたが俺が料理指導をいくつかして、エンドランド風のミートパイやら魚の出汁で作ったジェルは口どけがよく前菜と合わせて。
極東風プディング……茶碗蒸しにはここの名産である香草でローム風に。
「甘いなぁ……人間さんはよぉ。ほら、ここはこうして均等にのばーす!」
料理長は俺からピッツァの生地を取り上げるとグルグルと指で回しペンッと叩きつけた。
「こうしてちゃんとミミをこうして……でソースはさっとぬる! そんで釜へGO!」
俺は料理長の言う通りピッツァを焼く。本場はやっぱり違う。こんなふかふかな生地の作り方……。俺たちはチーズを楽しむものだと思ってたが違う。
これは生地を食うためにチーズを乗せているんだ。
「ま、人間にしちゃあ上出来だな。んで、まかないが足りないぞ!」
おいおい……女王に出す分以外をお前ら食ったんかよ!
「しゃーないな……、あるだけ作ってやる!」
「おぉー!」
俺はとにかくいろんな料理を作った。俺の知っている料理を料理長たちがあれこれ食ってみてエルフの口に合うようにアレンジする。
俺は俺でここの伝統料理を教えてもらう。グレースが食事を楽しんでいる間、俺は台所で国際交流をした。
一般の市民より職人は扱いやすい。
自分の文化や実力を尊敬してくれる相手なら心を開いてくれるからだ。それに、俺は差別されることに慣れている。
だから、自分を差別してくるやつにどんな対応をすればどんな反応が返ってくるか。それがわかっているし、精神的なダメージも少ない。
「それ、すりつぶして使うのか?」
「あぁ、こうしてすりつぶすとトマトなしでも成立するんだ」
バジルを丁寧にすりつぶしたソースは刺激的だが嫌な臭みがない。魚にも肉にも合うソースになるそうだ。
なんでもロームでは古くから親しまれているらしい。
「ソルト殿、女王陛下がお呼びだ。それから料理長も」
女王の近衛兵に呼ばれた俺と料理長は顔を見合わせる。ふたりとも小麦粉だらけだしとてもじゃないが女王に会える様子ではないが……。
「ふふふ、今日の料理。見事だったわ。料理長、あなたは異国の……しかも人間を受け入れた」
料理長はぎくりとする。
怒られると思っているのだろうか。冷や汗が彼の仮面の下からポツリと垂れた。
「我が国の伝統を重んじながらも……新しい技術を取り入れたあなたの勇気は讃えられるべきでしょう。とても、美味しかったわ」
「あっ……ありがたきお言葉!」
そこはありがたき幸せ! だろうが……。
「それからソルトさん」
「はい」
「我が城の中には人間に偏見が強いものもいたでしょう。それを乗り越え、交流をする。あなたの懐の深さに感謝をしましょう」
いや、正直言ってうちの国の戦士なんかよりもずっとエルフの方が優しかったような。
「さて、ではソルトさんの申請だけど。城の空き地を使って作物の栽培をしたい。ツチモグラという益獣をエンドランドから輸入してこの砂の土地に畑を作ると?」
「ええ、土モグラという益獣は残飯なんかを食べて腐葉土を排出します。彼らがいるだけで畑に必要な土壌を作ることができます」
危険性はない。
そう説明するとグレースは短く「そう」と答えた。
「ナナ、貴女はどう思うの?」
ナナは跪き、そして、
「試してみる価値はあるかと……」
「そう。どうしてそう思うの? ナナ」
「ダンジョンを調査中、一人の隊員が彼に命を救われました。我々はその対価を彼に与えるべきだと、そう思っております」
「もしも、彼が何か起こしたらその首をかける? ナナ」
ナナはびくりと肩を震わせる。
グレースはきっと俺の提案を飲んでくれるつもりなのに、なぜ意地悪をいうんだ。これも、お戯れだろうか。
「はい。彼の話が嘘だった場合……私の首を差し出しましょう」
「貴女は人間を信じるの?」
「少なくとも……彼は私の目の前でエルフの命を救った。知恵を与えてくれた。私が知る……エルフを虐殺していた人間とは違う。そう信じています」
「そう、下がりなさい」
ナナは俺にアイコンタクトしてから席についた。
グレースは俺とふたりでいる時とは違う……厳格な女王の顔をしている。まるで自分の家臣たちを試しているかのようだ。
俺を使って、家臣たちの心情を探っているのだろうか。
「では、フィオーネさん。ソルトさんの言う通り動いていいわよ」
「はい! 女王様!」
フィオーネは嬉しそうに返事をした。
フィオーネには荷物運びと伝令を頼む。メモをリアに渡すだけ。あとはリアがうまくやってくれるだろう。
「フィオーネ、明日の朝一にはダンジョンに入れるように準備も頼む」
「はーい!」
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