第156話 新開拓のすすめ(1)

 俺はダンジョン調査隊と呼ばれるエルフたちと、それから炭鉱担当のエルフたちと一緒に発見された階層へと足を運んでいた。


「へぇ〜、じゃあおんなじダンジョンばかりに潜るんですか!」


 フィオーネの馬鹿さ加減はエルフの差別なんかを跳ね返し、調査隊のエルフたちはフィオーネの対応に追われている。

 というのも炭鉱担当たちは俺をそこそこ信頼してくれているおかげで「よそ者の人間」から「いい人間」に評価が変わったらしい。


「では、俺の相棒が魔物をサーチします。その後、水質調査と空気成分の調査をします。採集した植物や作物はこちらに集めてください」


 大きなシートを広げ、調査隊はそれぞれ戦闘タイプのエルフとペアを組んで散り散りになった。

 炭鉱担当たちには簡易的な休憩所の作成をお願いする。

 エリーとボブはそこで炊き出しの準備。


「エルフは非常に少ない食物で長い時間動くことができるんす。俺なんて乾パンもって3日っすよ?」


 ボブの恐ろしい証言を聞いて俺は心底この調査隊や炭鉱担当を哀れに思った。ここで取れる作物を利用してうまいもん死ぬほど食わせてやる。


「水は……問題ないようだ。シュー、そっちはどうだ?」


「魔物は見当たらないにゃ。ここは安全階層にゃ」


「了解、シュー。何かあれば報告を」


「にゃにゃ」


 俺は水質と空気成分の調査を終えて、調査隊の様子を伺う。戦士が果実を手に取った。まじまじと眺め……口に運ぼうとする。


「おいっ!」


 俺が声をかけるとエルフの戦士はピタリと止めた。そして果実を不思議そうに見つめる。


「なんだよ、ただのモモだろ」


「違う。みんな、集まってくれ!」


 俺は戦士から取り上げたモモをナイフで切り、そしてみんなに見えるように断面を見せる。

 するとエルフたちは「やっぱりモモじゃないか」と笑った。


「これを見つけた……君。このモモにツバを吐いてみろ」


 俺がモモを地面に置くと戦士君は戸惑いながらモモに向かって唾を吐いた。

 すると、じゅわじゅわと音を立てながらモモは煙をあげる。


「この上の階層にあった石を覚えてますか?」


 モモを見ながらガクガクと震えるエルフに俺は聞いた。彼ではなく炭鉱担当が


「あれだよな! 酸が吹き出すとかいう……あっ!」


「そう。これはエンドランドでは酸モモと呼ばれる罠果実トラップフルーツです。人間やエルフの唾液と果汁が交わると酸を発生させます」


「じゃあ、使い物になんねぇなぁ」


「この特殊な毒は熱に弱い。ダンジョンの中では齧り付きたくなりますが……持ち帰ってジャムにするのが一般的です」


 ジャム……かぁ。

 というので俺はあとでアイスにかけるために作ることにした。


「この階層に魔物はいないようですがこのようにエルフを殺すための植物が自生しているようです。俺が言ったことをまもって。少しでもおかしいと思ったら俺を呼んでください」


***


 多くの作物が集まった。

 ほとんどがそのまま食べれるものだが、酸モモを始め毒抜きが必要なものもある。


「これは毒イモですね」


 調査隊が知識を持っているものもあり俺が教えなきゃならないのは数点で済みそうだ。

 俺が酸モモの知識を披露してから調査隊の当たりが優しくなった。与えられたら与える。この国に住むエルフのいいところだろう。


「じゃあ、お待ちかねの炊き出しに参りますか」


 炭鉱担当たちとボブが大はしゃぎする。

  ここで取れた野菜を使ってスープができるな。エルフが好んで食べる乾パンを浸して食べれるようにちょっと濃いめにしようか。

 小川で取れるサカナと貝でパエリアを作って、それから熱抜きした熱トマトのチーズ焼き。肉花草のバター香草焼き。

 デザートは酸モモジャムをかけたミルクアイスジェラート。


「なんだこれ……うまっ!」


 最初は戸惑っていたエルフたちも気がつけばおかわりをするほど好んで食べてくれた。主に、女の子には酸モモのジャムが人気のようで。

 フィオーネに嫌と言うほど食材を持たせた甲斐があったぜ。


「でだ。調査隊。君たちの仕事はこれだけじゃない」


「いえ、女王陛下からは調査をしてこいと言われたんだ」


「違う、この作物の育て方を教える。ダンジョンの外で作物を育てるんだ。もっと豊かになる。この国の野菜は高すぎる。それはダンジョンに生えている野菜を定期的にとっているからだろう? 正しい育て方をすれば、ダンジョンの外でも育つ」


「そうですよ! この方は農場を経営しているんです!」


 フィオーネが胸を張る。


「ロームは作物が育ちにくい土地なんだ。それでも……大丈夫か?」


 調査担当の女が声をあげた。

 作物が育ちにくい?


「詳しく話を聞かせてくれないか」


「それはそうと兄ちゃん。そのジャム残ってるのもらっていいかい? うちの女どもに食わせたいんだ」


 俺は返事をする。

 へとへとの雪の精とシューを抱き上げて、まずは一休みだ。

 そのあとは地上で地質調査だな。


「私は調査隊隊長のナナと申します。ソルト殿。よろしくお願いします」


 ナナは俺に向かって頭を下げた。

 少しは……認めてもらえたらしい。


 まずは第一関門突破だな。


「エリー、帰りの準備を。フィオーネ、毒なしの作物を全部荷車に乗せてくれ」


「ソルト殿、毒抜きの方法は……」


「今夜中にまとめて渡します。危険なのでとりあえず毒抜きが必要なものの栽培はやめましょう」


「そうですね。悪用するものも現れるかも。一旦はそのまま食べられるものを持って帰りましょう」


 ナナはそう言うと調査隊たちに指示を始めた。

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