第155話 心の声(2)

「そう……ソマリの話を聞いたのね。でも、自白を無理にさせても話さないことだってあるわ」


 グレースは昨日とは違う羽衣で今日は褐色肌に茶色の瞳をしている。妖艶なその姿に俺は集中ができない。


「例えば……質問にないことは話さなくてもいいのだから」


 どう言う意味だ?


「わからない……それは仕方のないことだわ」


 グレースは俺に果実をよこした。りんごだろうか。


「私だって最初はわからなかった。確証はない」


 りんごをかじったグレースはゆっくりと咀嚼する。

 ミーナたちが聞かないようなことに本当の真実が隠れているということだろう。ミーナたちが聞かなかったこと……。


「グレース様。あなたは何をお望みなんですか」


「あら、直球な質問だこと」


「俺は、ネルもスピカさんも助けたい。困っているのならソマリさんもです」


「本心のようね。私の望みは……私に仕える薬師が絶えないこと。おわかりのはずよ。それがネルでもソマリでも私には同じ」


 だが、ネルを取り戻せなければソマリは殺される。

 つまり、ネルが戻らない限りグレースの望みは叶わない……か。


「ルーデル家が……人道的じゃないことをしていてもですか?」


「ええ、そうね」


 非情だと俺は思った。

 でも、ここでは俺たちの常識は通用しない。この国に保安組織はないんだろうか。いや、そもそも俺たちとは生きる時間が違う。


「そうね……ざっくりでしかないけれど同族を殺した者は裁きを受ける。けれど、それ以外はあまり聞かないわね。私まで上がってくるような事件は」


 閉鎖的なだけでなく、長い時間を生きるエルフは一度のイザコザや犯罪が一生、末代まで響くできごとになる。

 そのため、俺たちの国よりも犯罪が起きにくいのかもしれない。

 その代わり、一度起きたイザコザは自分たちが納得いくまで解決しなければおさまらないのだろう。

 だから、ボブの言っていたように女王は不介入なのだ。よほどのことでない限り。女王が逆恨みされて国家転覆なんてのは恐ろしい結末だしな。

 まぁ、他国のギルド幹部を奪う奪わないなんだからよほどのことなんだがなぁ……。


「ふふふ、本当に賢い子ね」


 いや……違う。

 ネルは俺にどうにかしろと言った。つまりは、自分が密入国ではないとラクシャに証明する手立てを持っているってことだ。


「人を殺すこと、それは本当にこの国では死罪になるんですか」


「ええ、ね」


 含みのある言い方だ。

 やはり彼女は何かを知っているのだ。きっと誰かの心の声を聞いたんだろう。

 おそらく……ルデール家のネルの母親の声を。


「そうか……ミーナたちが現状でソマリに質問しなかったこと。多分だが……ルーデル家の次期当主の死についてだ」


「ふふふ、そう。あちらではそこまでは聞かないでしょうね。だって聞く必要がないもの」


 ソマリの目的は相棒を取り返し、エンドランドへ戻ること。その方法やソマリがやったことについて自白をさせただろう。

 だが、俺が解決しなきゃならないのはだ。

 グレースの口ぶりからして何かルーデル家には隠し事があるらしい。ただ、グレース側には証拠がないんだろう。だから、俺にヒントを与えている。

 問題は……


「そうね、色々この国の困りごとを解決してくれたら……ルデール家との会食にも同席できるわ。ふふふ、アイスクリームで城の者たちの心を掴んだ。炭鉱夫たちの命を救った。次は……どうする?」


 この人はやっぱりただの暇つぶしてこんなことをさせているんだろうか。

 まるで楽しんでいるようだ。


「そんなことはなくてよ」


「失礼しました」


「確かにここでの暮らしは退屈だわ。私は……いえ。いいの。忘れて」


 いたずらな笑顔が消え、彼女の本心が少しだけ映った。憂うような悲しげな顔は俺の心にすっと入ってくる。

 俺は彼女の心が読めたらどんなにいいだろうかと思う。


「私は……変わりたいと思うの。でもね、長い間過ごして来た民たちは考えも習慣も変わるのは難しいの。すぐに死んでしまう人間よりもずっと」


 グレースは俺の背中に向かって言った。俺に彼女が寄りかかる部分がじっとりと濡れる。

 

「貴方なら……どんなことがあっても私を……助けてくれる?」


 意味深だ。

 でも、彼女からは悪意を感じない。それは事実だ。

 

「友好国の女王陛下を助けないわけがないでしょう」


「期待しているわ」


***


「女王様といちゃいちゃして来たソルトさんにゃ」


 拗ねているシューがボブの仮面に猫パンチを食らわせた。ボブがぴゃっ! っと声を上げる。


「違うよ、グレース様はヒントをくれる」


 ボブの横ではフィオーネがいびきをかいて爆睡している。全く、どこでも眠れるってのは羨ましいかぎりだ。床は寝づらいだろうに。


「まずはこれだ」


 俺が水瓶に浮かべた蓮の花。これは「毒蓮」だ。

 見た目は美しいこの花の花弁には毒が含まれている。浮かんでいる水に触れる分には問題ないが花弁を絞って毒を抽出することができる。


「しかも、この蓮で作った毒は標的の心臓を止めた後消える特徴があるんだ」


 ダンジョン内に生息するこの蓮は殺した相手が他の植物や動物、魚の養分にするために毒が消えるように進化したって説を俺は押している。


「それがどうかしたんですか」


「さっき話したように俺たちが負うべきなのはなぜ、ルーデル家の次期当主が死んだかだ」


「つまり、毒殺ってことですか?」


「あぁ、薬師なら誰でもこれを知っているだろう。この毒は薄めて麻酔として使うこともあるんだ。無論、ルーデル家でも栽培をしている可能性は高い」


「でも、貴族がころすってことはネルを母親が自分の息子を毒殺したってのは考えにくいにゃ」


 シューの言う通りだ。


「おそらく、何らかの理由でのに息子のほうが毒を飲んだと俺は考えている」


「でも、なんでソマリさんを殺そうと?」


「まぁ、その理由は様々だが……これで。わかった」


 俺はグレースからもらったリンゴのような果実をデスクの上に置いた。そしてフィオーネが持って来た大辞典を広げる。


「これだ……」


——プリンセス・アプリコット


「まさか……」


「おそらくだが、ソマリはルーデル家次期当主の子供を宿している。だから……エンドランドに帰ることに固執しているんだ」


 つまるところ、ネルの母親は息子と人間の女の交際に気がついた。そこで、ソマリを殺そうとしたところ息子が死んだ。

 そこで、ソマリを使ってネルを呼び戻しうまく行かなければソマリを殺すことを計画している。

 多分……母親はソマリの妊娠に気がついていないんだろう。気がついていたらこんな愚策は取らずにソマリも殺しているだろうし。


「それじゃあ、何の証拠もないにゃ。ダメ、やり直しにゃ」


「あくまでも仮説だよ」


「まずはルーデル家との接点を取るために働かないとだな」


 まるで俺たちの仲間のようにボブが言った。まぁ、心強い味方だ。

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