第153話 伝令と言う名の乱入者(2)

「あら、騒がしいわね」


 グレースはナイフとフォークを置いて食事を止めた。


「お、俺、見てくるっす!」


「お待ちなさい、お前はソルトさんたちの護衛でしょう。ここにいなさい」


 青年はおろおろと歩き回る。

 俺はエリーにアイコンタクトをして警戒態勢に入る。乱入者がエルフなら狙いは俺、乱入者が人間なら女王だろう。


「グレースさん、安全な場所へ」


「大丈夫よ。だって……」


「ソルトさーーん!」


 入ってきた乱入者に俺は白目を剥くほどがっかりした。金色の髪を振り乱し、きらびやかな軽装備に大きな剣。にっこにこの表情。

 あいつは自分が伝令に選ばれて嬉しかったのだ。多分、途方もなく嬉しかったのだ。


「フィオーネ……」


 エスターは何を考えてこのバカを送ってきやがったんだ。正直、邪魔にしかならないぞ……。


「こんにちは! エンドランドから伝令および護衛としてまいりました! フィオーネ・クランベルトです! グレース女王陛下」


 フィオーネは最敬礼をして頭を下げた。

 グレースは愉快なのか笑いをこらえきれないようだった。そりゃそうだ。多分フィオーネの頭の中はお花畑か空っぽのどちらかだから。


「フィオーネ。よく来たわね。さ、座って」


「はいっ! えへへ、すごい素敵な国ですね! エルフがたくさん!」


 楽しそうなフィオーネにぽかんとしたエリーは何度も瞬きをする。


「本当にそう思ったの?」


「えっ? ほんとうに?」


 グレースはフィオーネに尋ねる。フィオーネは元気いっぱいに頷いた。あぁ……恥ずかしい。


「そう。よかったわ」


 グレースは何も言わなかった。多分、フィオーネの心の声は彼女の予想以上に空っぽだったか、彼女の口からは真実しか語られていなかったか。

 あぁ……多分バカなこと考えてるんだろうなぁ。あの顔は。


「ソルトさん。聞いてくださいっ。この国の方々は皆仮面を被っているでしょう? すごい格好いいですよね! そうそう、リアさんたちに言われて色々持って来たんですよ! 大辞典に……それから女王陛下への献上品も!」


——ぽふっ


 フィオーネの胸元から現れたのはウツタの雪の精だ。


「これは、俺の仲間の雪魔女が作り出す。生物です。安全ですよ」


 グレースは雪の精に手を伸ばす。女王としては無防備だが……俺を信じてくれているんだろう。


「まぁ……可愛らしい。きゃっ、冷たいわ。うふふ」


 もふもふの白い雪の精はグレースのまわりをふよふよと浮いた。なぜ、ウツタがこれを送って来たか……。そうか、献上品!


「グレース様。デザートは俺がお作りしても?」


「毒味は彼が」


 急に指名されたエルフの青年はひぃっ! と声を上げる。


「大丈夫、毒なんか入ってないさ」


 俺はそう言いながらフィオーネが運んで来た大荷物の中から銀色のボトルをとし出した。ビンゴ。中にはアイスクリームの素。


「頼むぞぉ!」


 俺は目一杯それを転がす。すると雪の精がふぅふぅと息を吹きかける。床を転がり回る俺と雪の精を見ながらグレースはにこにこと微笑んでいる。

 しばらくしてボトルの中にできたアイスクリームを俺は皿に乗せ、まずは俺たちの護衛であるエルフの青年に食わせた。

 青年は最初嫌がっていたものの口の中にアイスが入ったとたん……


「うまっ!」


 まるで幼い子供のように笑顔になった。


「私も食べたいわ」


 グレースも興味津々で。家臣に止められながらもアイスを口にした。


「まぁ……」


 頰を真っ赤にしたグレースはなんとも色気のあるとろけそうな顔でアイスを頬張った。俺も初めて食った時はそうなったけど……。


「こんな素敵な献上品をエンドランドからいただいたのは初めてだわ」


「ミルクと砂糖があれば作れるものですから、たいしたものじゃ……」


「この技術と情報はたいした情報よ。これなら民もたべられるでしょう?」


 デザートならなんかたくさんあるぞ……ゾーイの開発したプリンだのヨーグルトだのチーズだの。あぁ……。


「ふふふ、全部食べてみたいわ」


「俺も……食ってみたいっす」


「ソルトさん。今夜もあの場所で待っているわ。貴方に贈り物をご用意するわ」


 等価交換。

 これはソマリから得た情報だろう。だから、あいつらはやってほど献上品を用意した。


***


 エルフの青年は名前をボブと名乗ってくれた。

 これもアイスの効果か。


「なぁ、ソルトさん。俺の親友があんたのおかげで助かったんだ。ありがとう」


「えっと、採掘してたっていう?」


「そうそう。それに、ソルトさんが教えてくれた鉱石のおかげで家計も潤ったってさ」


「力になれてよかったよ」


 ボブは


「ソルトさんたちはどうしたいんだ?」


 と言った。とても抽象的な質問であるが俺たちにとってはありがたいことだ。


「まずは真相を知りたい。ネルの実家がネルを取り戻したい理由はわかった。ネルの実家がソマリをなんらかの形で縛っていることもだ。ただ、グレース様がなぜ何にも介入しないのか……」


 ボブはうーんと言いながら仮面を何度か直した。


「俺の予想でいいっすか?」


「いいよ」


「女王様はいつもこういうゴタゴタには介入しないっす。当人同士で解決させるのがエルフの流儀なんすよ。人間の国じゃ……偉い人が内情もよくわからないまま裁きを下すでしょ? でもこの国はそうじゃないっす。真実を知るもの同士が折り合いをつけるのが常識っすね」


「じゃあ、ソマリと女王の関係は?」


「それは……ソマリさんが女王様のイボを治したから……じゃないっすか? ルーデル家は代々うちの城の医療に携わってる貴族ですからね。それに、女王様は人間がお好きなんすよ」


 ボブにジャーキーを渡す。


「そうか、ってことは女王に借りがあるってのは真実だったってわけだ」


「そうすねぇ。女王様は女王様なりにソマリさんに協力したってことっすね。そうじゃなきゃこんな風にいい待遇受けれないっすよ」


 ソマリの目的はネルをここへ連れてくることだった。

 だとすればなぜ……俺とエリーまで巻き込んだ?

 テキトーな理由をつけてネルだけを連れてくることはできただろう。


「あの女王が洗脳されているわけでも誰かが変化しているわけでもなかった」


「ソルトさんまさか」


「そのまさかだ」


 俺は腕輪の裏っかわに色々薬剤を塗っておいた。そして、今ボブに食わせたジャーキーにもだ。

 ここにはあの二人組の魔の手は及んでないらしい。


「もしかしてのもしかしてですけど〜」


 フィオーネが手を挙げた。


「なんだ? フィオーネ」


「ソマリさんは……助けて欲しくて、それでソルトさんを頼ったんじゃないですか? あの性格だし……素直にミーナさんに協力をお願いできなくてソルトさんを誘惑した。こうなることがわかってたとか?」


「おい、フィオーネ。あっちではどういう感じになってたんだよ」


「あぁ……私は知らないんですよね。ネルさんとミーナさん。それからゾーイさんで話し合って……私が伝令として行くことになったんです」


「いやだから、伝令の内容は」


「こちらはこちらでなんとかする。頼んだぞだそうです!」


 なぜ……フィオーネを使いになんかよこしたんだあのバカどもは。


「聞こえる? ミーナよ」


 雪の精から聞こえる声は確かにミーナの声だった。


「フィオーネは単なる荷物運び。この雪の精を通して話すわ」


 にっこりフィオーネ。

 いや、早く言ってくれよ……。


「ミーナ、何があった?」


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