第152話 伝令という名の乱入者(1)

 俺たちは狭い仕事部屋で一夜を共にした。

 エリーはソファーで、俺は床で。グレースからもらった蓮はかめの中に浮かべ、部屋の中にある書籍のチェックや掃除をすることにした。

 エリーにはグレースからの話をすべて共有し……


「破廉恥」


「いや、俺は悪くないだろ」


「そうかもしれないですけど……」


「あの人も哀れだよ。あの立場で人の心の声が聞こえるなんてさ……地獄さ。捻くれるのもなんとなく理解できるよ」


 エリーは俯いた。

 もしも目の前の人の心の声が聞こえたら……仲の良かったと思った相手が、尊敬する相手が……自分を恨んでいるかもしれない。自分を殺したいと願っているかもしれない。

 死ねと思いながら……愛していると囁くかもしれない。


「ルーデル家に行きますか。その話ならソマリさんも悪徳エルフに何かを人質にされているのかも。それが解決すればソマリさんも協力してくれるかも」


「問題は、どうやってルーデル家に行くか。だよな」


「申し訳ないっすけど……城から出る時は俺が帯同して買い物以外は連れて行くなと言われてるっす」


 昨日俺を水浴び場まで案内した青年だ。同じ仮面だし同じ声だ。


「そうか、世話をかける」


「なんすか、脱走する前提みたいな」


「いや、そうじゃなくて、嫌だろ。人間の世話なんて」


「いや……そりゃ嫌っすけど。仕事っす。あんたたちを守れって。俺のじいちゃんは人間に捕まって八つ裂きにされたっす。だから恨んでる。でも、女王様の命令は聞くっす」


 そうか。

 俺は本当にすまないと感じながら「どこへも行かないさ」と言って席に着いた。


「まず、頼まれたのは植物の鑑定報告書だったよな」


 俺の知っている情報が欲しいということだろう。俺は思いつく限りの鑑定士の知識を白紙の本に記していく。

 俺、本を書く才能あるかもしれない。


「そこ、誤字ですよ」


「あぁ、ありがとうエリー」


「これ、俺もみたことあるっす」


 青年が指差したのは【熱トマト】だ。寒冷地へ行く時に食べることで有名だが知らずに多量摂取すると高熱を出して子供なんかは死ぬことがある。

 無論、動物には食べさせるべきではない。


「トマトとよく似ているけど、ヘタの裏が真っ赤なのが特徴だ。遠征の時は気をつけてくれ」


「へぇ〜……鑑定士ってのはそういうのが仕事なんすか」


「あぁ、本来ならダンジョン内で集めた植物や作物の毒抜きをして食えるようにしたり、様々な環境変化から仲間を守る仕事さ」


「じゃあ、これ。わかるっすか?」


 青年がポケットから出したのは真っ黒い石。でも、質感はマーブルで……これは……!


「これ、どこで?」


「最近、もともとあったダンジョンの新階層が発見されたとかで……その階層炭鉱だったらしくて。そこでらしいっす。俺の同期が」


「今すぐ、掘削をやめろ」


「なんすか急に」


「これは……激酸石げきさんせきの周りにできる岩に現れる特徴を持っている。つまりだ……この岩の断層を超えた先には……激酸石がある。それは……傷つけた瞬間、強烈な酸と有毒ガスが噴出しダンジョン内全てに充満する」


 青年の顔が真っ青になって部屋を飛び出して行った。

 間に合え……。


「勉強の成果ですね」


 呑気なエリーは俺の方をみて微笑んでいる。

 ほんと……親父に感謝だ。


***


 俺たちはしばらくしてグレースの食事部屋へと通された。大きな長いテーブルの端と端に座って、豪華な料理を提供される。


「激酸石の対処。お見事であった」


「あぁ……いえ。被害が出なくてよかったです」


 人間の言うことなんか聞かないと怒鳴る炭鉱担当たちを押しのけて植物から抽出した中和水を流し込み酸を固形させる。固形した部分から徐々に削れば燃料になる鉱物が取れる。

 やってみせてからやり方を教えて納得してもらう。

 なんでも炭鉱なんてのは五百年ぶりに見つかったとか。五百年ぶりの知識でやってみる度胸には恐れ入ったが。


「もっと道具があればあの酸を抽出して使うことも可能です。けど、道具がなかったので……」


「そう……それも本に記してくれる?」


「わかりました」


 俺はここで養ってもらっている分、自分の知識を本に記すことで金を支払っているのか。全く。


「ご不満?」


「いえ、命を救えるなら俺はいくらだって力を貸しますよ」


「さすがは英雄ヒーローね」


 グレースは肉を切りながら俺を見据えて言った。昨日とは違って黒い髪は短くてまるで極東人のようだ。


「そうだ、ラクシャから連絡があったわ。今日、貴方宛にエンドランド側の伝令が来るみたい。ラクシャは貴女の身を案じていたから……きっと優秀な人を送ってくるでしょうね」


 グレースはそれを良しとしたってことか。


「貴方は多くの炭鉱担当たちを救った。このくらい許してあげなくちゃ女王の名が折れるわ」


 そういうことですか。

 うまい肉とスープ。最大限に俺の嗅覚が効いている状態で毒物を入れることは不可能だ。エリーの分の香りまでわかる。

 そもそも、グレースが俺たちを殺す理由がない。

 家臣は別……かもしれないが。


 というのも昨夜、俺たちの部屋の前に小さな女性と思われる足音が何度かしたのだ。寝込みを襲うためにやってきたが扉の前であのエルフの青年が眠っていたから逃げ帰ったんだろう。

 今日からはエリーと俺、交代で休憩を取る必要があるかもしれない。


「良いものね。静寂というのは」


 グレースは俺が渡した腕輪の宝玉を触っている。


「貴方のおかげで昨夜は1000年ぶりによく眠れたわ」


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