第151話 グレースの暇つぶし(2)

「でも、ソマリの目的がわからずじまいだな」


 エリーは自分のデスクを確保して埃の掃除をしている。ソファーは一つ。俺が寝るのは床で決定だな。


「ミーナさんの立場を奪う……とか? それとも、薬師部の幹部に入ろうとしているとか?」


 そもそもネルを消したところでミーナには何の害もないはずだ。ミーナは薬師としての腕は買われずに流通部で働いているわけで。


「だとしたら、医師部と薬師部の改革を行なっているネルを消して自分が薬師部に推薦されるって手はあるな。いや、でも確証がない」


「でも洗脳解除薬も変化を解く薬も飲ませたんですよね?」


「あぁ、彼女の茶にどっちも入れたが無反応だったよ。ミーナの反応を見るに、小さい時からあぁいう子なんだろう」


 あっちはあっちでソマリに尋問でもかけてるだろう。そのためにシューを行かせたんだ。どんな手を使っても全てを自白させ、何か方法を考えてくれるだろう。俺は、ここでできることをやって待つしかない。


「すみません!」


 ドアの外から若い男の声、エリーが「どうぞ」と勝手に返事をする。

 入ってきたのは剣士風のエルフの男性。奇怪な仮面をかぶっている。


「女王陛下がお呼びです。えっと、ソルト……様」


 俺は「わかった」と返事をする。エリーが腰を上げたところで青年が「お一人で」と言った。

 

「大丈夫」


 俺はエリーに向かって微笑むと青年の言いつけで武器を全てエリーに渡し身体検査を受ける。

 青年は俺の体に触った後、服で手を拭った。

 人間に触るのがまるで嫌だったかのように不愉快そうな仕草で俺は胸がざわざわとする。エリーも不快感をあらわにした顔だった。


「ではこちらへ」


「エリー、先に眠っていてくれ。すぐに戻る」


***


 青年は俺の前を歩く。城の中は広い。それでも俺に対して皆一定の距離を保ち、ジロジロと見てくるものもいる。

 人間が珍しいんだろう。でも、友好国の要人にそんな態度をするなんてのは正直いただけないな。


「こちらへ」


 青年に案内されたのは地下、大きな扉だった。

 まさか、拷問とかそういう場所か? 牢屋か。

 バッグに薬草一式は入っていただろうか。いや……殺しはしないはずだ。


「僕は入れません。あなた様が扉をお開けください」


 青年は扉に背を向けるようにして立つ。

 俺はそっと扉をあけて、腰が抜けるほど驚いた。


 そこは広い水浴び場だった、まるで湧き水が所々から湧いている秘密の水浴びばのような……森の中のエルフの隠れ家を見つけてしまったような気分だ。

 透き通った水が流れ、木漏れ日が降り注いでいる。

 湧き水の中心、小さな湖の真ん中には半裸のグレースが優雅に水浴びをしていた。


「こちらへ」


 俺は扉を閉めて、目を逸らしながらグレースに近づいた。


「別に、夜伽に誘ったわけではなくてよ」


「わかってますよ」


「なら、こちらを向いて」


 俺は勇気を出してグレースの方を見る。彼女は美しい羽衣をまとい、なんとも色気のある様子で水に体を浸けていた。


「知りたい?」


 それはどんな意味だろうか。

 俺は知りたいことがたくさんある。なぜ、ソマリがグレースに借りがあると言ったのか。グレースがダルマス商会を責めずにネルにあんなことを強いたのか。


「たくさんの質問ね」


「ネルさんは俺の大切な友人です。彼女が悲しむのは俺も望みません」


「そう。当たりよ。ネルは貴族のご令嬢だった。行方不明になっていたご令嬢。ルデール家はつい最近……跡取り息子を亡くしたの。ルデール当主本人はもうとっくに死んでいた。だからルデールの血を引くのはネルだけなのよ。そこでネルの母親は人間を雇ったの」


「それがソマリですか」


「あら、賢いのね」


「ありがとうございます」


「ソマリは貴方と同じ賢い子だわ。我が国で商売をする人間を使って違法な出国をさせたの。それは……人間嫌いの私たちにとってメリットだと思ったのね」


 そうか。

 ネルを取り返した後はスピカを出国させるためにエルフの骨を買ったダルマス商会を追い出す正当な理由ができるわけだからな。

 商いの力で人間がこの国で権力を持つことを事前に止める目的だろう。

 なら、ソマリの目的は?


「そうよね、そこがわからない」


 グレースは水から上がると俺の隣に腰掛けて足で水を弄んだ。


「ええ、わかりません。あの女が何を考えているか」


「私にはわかるわ」


「でしょうね」


「ネルの母親は私と同じことをしたの。ソマリにね」


「ソマリが国へ戻るためにはネルを呼び戻してこいと?」


「ええ、正解。等価交換。貴方は優秀ね」


 ソマリは優秀な薬師になるため、この地へ来た。それがルーデル家だった?

 

「そうか……ソマリの師匠はネルの弟かお兄さん……ルーデル家の跡取りだったと」


「正解」


 グレースは「非情よね」と言ってから俺に蓮のような花を渡してきた。俺はそれを受け取って眺める。

 

「貴方は優しいのね。貴方がソマリの立場ならどうしていたか……聞かせてくれないかしら?」


「ソマリが制約された何かを……解く方法をエンドランドで探すでしょうね」


 グレースはクスリと笑った。

 ソマリがエンドランドへ戻った後逃げる可能性がなかったのは何か呪詛のようなものをかけられているとか、人質を取られているとか逃げることができない原因があったはずだ。


 俺は立ち上がると腕につけていた腕輪を外してグレースに手渡した。


「等価交換。貴女は好きでしょう」


 女王から受け取った花を俺はポケットにねじこんだ。


「ふふふ、私……ではなくこの国の人間は皆そうよ。人間に騙され奪われてきた記憶を忘れていないもの。奪われたら奪う。与えられたら与える。それがロームの流儀よ」


「心に留めておきます」


 俺は立ち上がり、礼をすると部屋を後にしようとした。


「ソマリ・シュバイン。あの子には気をつけなさい」


「それは……」


「ふふふ、もう少ししたらわかるわ」


 情報をくれたグレースに俺も何か情報を渡すべきだろう。

 だから、俺は……


「それはただのアクセサリーじゃない。辛い時はその腕輪の宝玉に触れてください。それは封印魔石。俺は嗅覚が鋭すぎるからつらくなる時はそれに触れて嗅覚を封印するんです。貴女も心の声に静寂を求める時はそれ使うと心が休まるでしょう」


 彼女がソマリの情報をくれたように俺も情報を与える。

 俺の分の封印魔石は帰ったらフィオーネに頼んでダンジョンに潜ればいい。

 今は嗅覚を最大限に活かしてこの国で生き残る方法を見つけなくては。

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