第143話 得意不得意(2)
執務室にミーナはいない。
俺は一人でデスクに向かって書類の整理をしている。さっき、親父に教わったことを反復しながら、採掘ダンジョンに行こう。落ち着いたら。
「ん?」
「何か落ちましたよ」
エリーが入って来た風圧でミーナのデスクから何かが落ちた。
「いいよ、俺が拾っとく」
エリーはトレーに俺が飲むために淹れた紅茶乗せて運んでいるところだ。秘書といってもエリーと俺は対等な関係。
「ん?」
俺は拾った紙を裏返して、それが請求書だと気が付いた。送り主はソマリ。古書店の店主だ。請求額はかなりの額。まぁ、でも希少な本だし仕方ないか。
【愛するミーナへ、可愛い妹より】
署名の部分の文言に俺は疑問を感じた。ミーナに妹?
「なぁ、エリー……あっ」
俺の視線の先にはミーナ。デスクの上のものを見られたとでも思ったのかとても不愉快そうな顔で俺を睨んでいる。
「いや、これはその……書類が落ちてですね」
「何か、問題でも?」
機嫌が悪そうなミーナは俺から請求書を取り上げると顔を真っ青にして俺を見つめた。
「見た……?」
「えっと……見ちゃった……かも」
俺の返答にミーナは大きくため息をつくとソマリについて話したいからと俺をソファーの方へと誘導した。
エリーが持って来た紅茶、新しくミーナのために淹れた緑茶。俺はソマリの顔を思い浮かべながら少し吹き出しそうになった。
(なんでいままで気がつかなかったんだろう)
ミーナとソマリはそっくりだ。同じような赤髪にふわふわの毛質。目の色こそ違うものの顔立ちもよく似ている。
「ソマリは私の年の離れた妹です」
「彼女は天職がないと……そういってましたけど……」
「まぁ……あの子ったら。そんなの大嘘よ」
ミーナはプンプンと音を出しそうなほど頰を膨らませた。
「あの子はシュバイン家でいちばんの天才ですよ。薬師としてね」
ではなぜ、ソマリはあんな嘘を俺に言ったんだ?
「あの子がここへ帰って来たのはきっと理由があるんでしょうね」
「どこかへ言っていたんですか? 迷宮捜索人とかですか?」
「いいえ」
「じゃあ、極東ですか?」
「いいえ」
なんだ。さっさと教えてくれよ。ミーナはまるで楽しんでいるように俺にクイズを出している。まったく……なら最初から教えてくれたっていいだろうが。
「まぁ、どこでもいいっすよ。なんで隠してたんですか」
「それは……あの子が優秀だから。ソルトさんは私よりもあの子を頼ると思ったからよ」
真っ赤な顔で拗ねたミーナはまるで少女のような純粋さだった。俺は思わずキュンとして彼女から目をそらす。相手は年増でしかも上司だぞ。しっかりしろ、俺。
「ミーナさん、彼女は天職がないと俺に言った。ってことはもう薬師としては動かないつもりなんじゃないですか? それはギルドにとっては損失では?」
「そ……そうね。彼女は薬師の最高峰と呼ばれる師がいる古都ロームへ修行へ言っていたの」
「ロームですか?」
エリーが声をあげた。
それもそのはず、古都ロームは情報のほとんどない国で、エルフによって建てられた国の中で唯一人間との親交がある国なのだ。
エルフであれば一度は行ってみたい……国だろう。人間の国であるこの国では何かと偏見や差別も多い。
「詳しいことは妹に聞いてちょうだい」
「なぜ薬師でロームなんだ」
俺の質問に答えたのはエリーだった。
「薬草に関する本はほとんどがロームで修行を積んだエルフが書いているんです。そもそも、薬師の家系のほとんどの先祖がエルフの血が混じっているなんていう人もいるくらいですから」
エルフといえば魔力が豊富なイメージだったが……薬師に関する話は知らなかった。ただ、薬師のお姉さんたちはみんな綺麗だ。それは確かにエルフの血を継いでいると言われたら信じてしまうかもしれない。
「ねぇソルトさん。私、その方にお話を伺いたいわ」
エリーが身を乗り出して俺に言った。
「今度いっしょに行くか」
「はいっ!」
あのソマリ。俺に何か隠していると思ってはいたが、まさかミーナの妹だったとは……。
赤毛の姉妹……か。
「あっ……まさかソルトさんまで妹に?」
考え事をしていたらミーナの顔がすぐ近くまで迫っていて俺は思わずのけぞった。
「そ、そんなことないです」
そもそもミーナもソマリも好みじゃないです……。
苦笑いのエリー。
古都か。俺もいつかは行ってみたいなぁ。
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