第139話 古書店のソマリ(2)
「その辞典……私も興味があるわ」
ミーナは疲れた顔でお茶を飲みながら俺たちが抱えている本の山を見て言った。流通部はここのところ忙しい。相変わらず他の部署に比べると人件費が少ないからか、俺に人件費をかけすぎているからか。
「あぁ、どうぞ」
「こんなものを置いている本屋さんがあったかしら?」
「あぁ、貧民街にあるソマリさんの古書店です」
「ソマリ? 聞いたことがあるようなないような。あぁ、私も少し休もうかしら」
ミーナは首をバキバキと鳴らしながら肩を回し、そして背もたれにぐったりとよりかかった。お疲れだ。
「よかったらうちの温泉にでも浸かってくださいよ。肩こりにききます」
「言われなくても時間があれば言ってますよ」
もう3徹だと言いながら苦笑いをしたミーナ。心配そうなフィオーネ。エリーは俺の休みに合わせて休暇をとっているらしい。今はいないようだった。
「あら、フィオーネかわいい格好ね」
フィオーネは真っ赤な顔になる。
「あぁ、今日はオフなんで、一緒に」
「あら……まさか二人って……」
「荷物持ちをお願いしたんですよ」
膨れるフィオーネ、安心したように笑うミーナ。全く、俺とデートなんてしたって何にも楽しくないぞ。
でも、いくらアホの戦士とはいえ女性に対してちょっと失礼だったかもしれない。それは反省すべき点かもしれないな。
「じゃあ、くろねこ亭で飯でも食って帰るか」
「じゃあ、またよろしく」
ミーナに挨拶をして俺はギルド入口へと戻った。そこにはなんだか不機嫌なシャーリャとタジタジのフーリン。シャーリャは俺を見つけるなりドシドシと足音が聞こえるくらい怒った様子で近づいてきた。
怒ったエルフのあまりの迫力にフィオーネが俺をかばうように前にたった。
「な! ん! で!」
シャーリャ?
「なんで、あの女がギルドに立ち入っているんですか!」
プンプンと音がなりそうなほど頰を膨らませたシャーリャは俺の胸をポカポカと叩いた。フーリンが受付カウンターからこちらへやってきてシャーリャを羽交い締めにする。
「こら、失礼でしょう」
「だって〜!」
「すいません……何がなんだか」
「シャーリャ。受付を頼むよ〜!」
他の冒険者に呼ばれてシャーリャとフーリンは戻って行った。新人冒険者パーティーの受付だろうか。希望に満ちた冒険者達がワクワクしたようすで話している。戦士、魔術師、回復術師に鑑定士。
俺が冒険者をやっていた時とは違う。鑑定士だけが荷物持ちさせられたり暗い顔をしていない。
全員が平等な立場で冒険をいまかいまかと待っている。
「めんどくさいからさっさと帰るにゃ」
シューの言う通りだ。
「たぶんにゃ。ミーナはソマリのことを知ってるにゃ」
ミーナのあの顔。確かに何かを知っているような話したくないような複雑な表情を一瞬した。まぁでも……ソマリの謎はなんとなく魅力的だ。
「あの女、ただものではないにゃ」
***
「おっ、いらっしゃい」
いもいも焼きの行列は長く、くろねこ亭も繁盛しているようで。
中は満席、俺たちはリアにまかないを作ってもらってから2階へと上がった。2階は子供達の仮眠室や勉強室、休憩室になっており貧民街の子供達がゆったりと過ごしている。
「あっ、ソルトお兄ちゃんだ〜」
ナディアはお小遣いでかった骨をガジガジしている。よだれまみれだし、なんだが変な光景だが彼女の働きっぷりは見事。おかげでくろねこ亭も繁盛しているのだ。
「やき豚丼、うまそうだなぁ」
「いただきます」
「いただきますにゃ」
ソマリ……か。
突如として現れた彼女は非常に魅力的で、それでいてつかみどころのない女だ。今度、勘の鋭いサングリエを連れていって見てもらおうか。
サングリエの悪い女を見分ける能力はほとんど百発百中だし。俺としては本が手に入ればそれでいい。
ただ、あのミーナの表情を見ていると一悶着ありそうな? なさそうな。
「そうだ、今度みなさんでリゾートダンジョンに行きませんか?」
「どうしたフィオーネいきなり」
「この前、寄宿学校の慰安旅行で利用したんですけど……リゾート施設が完成していてすごく使い心地がよかったんです。くろねこ亭のみんなも休暇が必要ですし。私も!」
フィオーネにしては建設的な意見。
海に砂浜。最高級の宿泊施設か……随分豪華になりそうだけど今の利益なら連れて行ってやれないこともないしな。
「考えとくよ」
「やったぁ!」
「海釣りするならシューも賛成にゃ」
「ナディアは鬼ごっこする〜!」
「はいはい」
そういえば、シャーリャは何を怒ってたんだろうか。あんなに優しい子が怒るなんてそれ相応のことがあったんだろうな。
にしても……怒ったエルフってのも可愛かったなぁ……。
「ソルトが変なこと考えてるにゃ」
「そりゃそうですよ! みんなリゾートダンジョンでは水着なんですから! 私も新しい水着……ベニさんと選びに行こうっと」
「ソルトさんの……えっち」
リアのげんこつで俺はやき豚丼を吹き出して、休憩中の子供達がケラケラと笑った。
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