第138話 古書店のソマリ(1)

 俺はギルドでの仕事のスケジュールを立てながら自室で緑茶を飲んでいる。極東から……というかワカちゃんからの贈り物で最高級の【玉露】は俺の口によくあう。なんでもぬるめの温度で作るこの緑茶は香り高く、そして甘い。


「今日はお休みですか」


「あぁ、フィオーネ。どうした?」


 フィオーネは期待たっぷりみたいな顔で俺を見ている。


「ソルトさんが買い物に行くから来てくれっていったんじゃないですか」


 あぁ、そうだったそうだった。

 それはそうとこいつは何を期待してるんだか……。


「シュー、買い物行ってくるけど行くか?」


「にゃにゃ」


 シューは俺の肩に乗ると尻尾を振った。

 そういえば、なんかフィオーネはいつもの軽装鎧じゃなくて私服だな。こいつも女の子だしオシャレしたい日もあるのか……。


「さ、行くぞ」


「はいっ!」


 スキップするフィオーネ。俺はフィオーネが何を考えているのかよくわからないまま目的地へと向かった。


***


「デートじゃないんですかぁ!」


 駄々をこねるフィオーネを外で待たせ、俺は店内へと入った。ホコリとカビ、そして古い紙のなんとも言えない香りが漂う此処は【古書店】。

 休暇をもらっている間に貧民街で見つけたこの場所は俺の憩いの場だ。


 古書店だけあって古い文献が多く並んでいる。鑑定関連の本だけじゃなく薬草関連の本やダンジョンに関する本。それに昔の冒険者たちが記した冒険記や戦闘術に関する本や伝記なんかも多い。

 

「あら、久々ね」


 彼女はこの古書店の店主であるソマリだ。まだ若い……といっても俺より少し上くらいで天職はないらしい。ウェーブのかかった赤毛は綺麗にまとめられている。


「一応復職したんすよ」


「あら、外の子もいれてあげたら?」


「あぁ、あいつはうるさいんで……」


「いらっしゃい」


 俺の話を聞かずにソマリはフィオーネを招き入れた。本とは一番遠くの存在にいる女なのに。


「こんにちは、フィオーネ・クランベルトと申します!」


「フィオーネ、本屋では静かにな」


「はいっ」


 ソマリはフィオーネを店の端っこにある椅子に座るように促して紅茶を淹れた。シューもフィオーネと同じ椅子に座って足を伸ばしている。

 俺は彼女達を無視して本を選ぶ。

 あぁ、ソマリが選ぶ本は本当にセンスがいい……「ダンジョンの魔石特集」

「魔物の病気」「不思議な植物あれこれ」「おいしいソース」「古都ロームのお料理ソース特集」

 俺はいくつも腕に抱きかかえて一旦カウンターへ持って行く。


「私はこのために呼ばれたんですね……」


 うなだれるフィオーネ。そんなにデートしたかったのか?

 そもそもなんで俺だよ。


「あら、これも立派なデートじゃない」


 ソマリがいたずらっぽく笑うとフィオーネは間に受けて嬉しそうにする。なんてアホの子なんだ……。悪い、俺は荷物持ちが欲しくてフィオーネを誘ったんだけどな……。


「こんなところにこんなお店があったんですねぇ」


 フィオーネ、いろいろ失礼だぞ。

 ソマリはにこりと微笑むと


「古書店を開くのは昔からの夢だったんですよ。でも、土地って高いから。ここでひっそりね」


 と言ってウインクする。

 ソマリは何かを隠しているような気がする。それは俺の勘だが、何か理由があってこの土地を買った……いや、この土地しか買えなかったんじゃないか?

 まぁ、探っても仕方ないし。聞かないが。


「そうだ、ソマリさん。頼んでた図鑑関連は見つかりましたか?」


「いいえ、でもこれは見つかったわ」


 ソマリはカウンターの奥へと入っていった。しばらくして大きな本を抱えて戻ってきた。


「初版のダンジョン大辞典よ」


「おぉ!」


 ボロボロの大きな厚い辞典を俺はそっと開いた。状態は良い。これは是が非でも手に入れたい。正直、ギルドの経費で買うんだし問題ないだろう。


「請求書はこちらへ」


 俺はギルドへの空白の請求書を渡した。まぁこのくらいは許されるだろう。ギルドでの仕事の合間に俺がしっかり勉強をする。

 ネルに言われた通り、俺の仕事はすぐに成果が見えなくても誰かに感謝されなくても……巡り巡って誰かのためになる。

 人よりも記憶力に恵まれた天職である俺たち鑑定士の仕事は常に学び続けることだ。


「あとは……」


 もう何冊か、気になる本をカウンターに乗せて俺はフィオーネに声をかけた。かなりの重さ、俺とフィオーネで分けても運ぶのが大変だ。

執務室の俺のデスクの後ろに本棚を建てつけてもらって、専門家のようで格好いいデスク周りにしてもらった。本当は俺専用の執務室が欲しいがミーナがうるさいので仕方なく共用で。


「またきてくださいね」


 手をふるソマリに見送られた俺たちはギルドへと向かった。


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