第136話 お願いソルト!(2)


「なんで貴女がいるんですか」


 俺の目の前に座っているのは戦士部の幹部、エスターである。小さい体と可愛らしい服には似合わない無愛想な顔。腰には細身の剣が2本。騎士の家系の彼女はなぜか俺の農場で取れたフルーツを食べている。


「何、ここはいい人材が多いからな。見によっただけだ」


 いい人材というのはフィオーネやフウタのことだろう。エスターはあの武闘大会以来、フウタとフィオーネを大層可愛がっているらしい。


「で、俺に何の用ですか」


「戦士を引退した者たちは元気にしているか」


「ええ、新しいプロジェクトにも快く参加してくれてますし……もっと戦士部はお給料を出すべきですよ」


 元戦士たちを雇うために俺たちは戦士部から金をもらっている。微々たるもので農場の利益が多い時はボーナスを渡したりしているが……正直それでは戦士時代と比べ物にならないくらい少ない金額だろう。


「私は信用している人間が少ない」


 エスターは笑ったが目の奥は笑っていない。

 彼女は父親を殺して今の座に就いたとか就いていないとか、氷の少女だのなんだの悪い噂も多い人だ。

 俺にとってみれば実力主義なだけで感情で物事を決めない傾向にあるから関わりやすいが……。


「部下においてもそうだ。私はこの身なりだから私を上司と認める戦士は少ない。腹の底では私の足元を掬ってやろうという輩も多い」


 全く、人の家でなに自分語りをしだすんだかこの女は。

 昨日のミーナといい、エスターといいギルド幹部さんたちは随分お暇なようで。

 そんな嫌味を腹に抱えながら俺は愛想笑いをする。

 あれ、笑うとこじゃなかったよな。


「私は、お前を信頼している」


 まっすぐな瞳。それでいて刺すように鋭い視線は彼女が列強な戦士であることを象徴しているような気がした。

 お前ってのは失礼でムカつくけど。


「そうですか、感謝します」


 俺は社交辞令のように頭を下げる。


「私はミーナと違って不器用でな。お前の気分を損ねずに伝えることができないらしい。ソルト、お前はギルドにいるべきだ」


「いや……」


「お前の親父さんが偉大なのも弟子が出来るのも知っている。だが、私が信用している鑑定士はお前だけだ」


 エスターはかすかに口角を上げる。


「邪魔をした。では、期待しているぞ」


 エスターは剥いていないりんごを一つ手に取ると部屋を出ていった。俺は放心状態で見送ることもできない。

 戦士が……それも戦士部幹部がただの鑑定士である俺に頭を下げに来た?

 

(何、舞い上がってんだよ……俺)


***


「ナディアおつかれ〜ナディア足つかれた〜」


 新調したソファーに寝転がって足をばたつかせるナディアはギルドとくろねこ亭の往復を何十回と行ったらしい。お駄賃は貯金箱へ、本人は今にも眠りそうだった。


「ナディア、寝るならお風呂はいってからな」


「はぁい」


 へなへなと垂れた耳が彼女を疲れ度数を表しているらしい。くろねこ亭のデリバリーは今の所ギルド内限定で行っている。それが好調で好調で。

 リアの焼くパン、極東風の料理やおっさんのいもいも焼き、ゾーイ開発のスイーツは女性陣に大人気のようだ。


「ナディア、お仕事は無理すんなよ」


「ナディア、走るのすき! ありがとうされるのも好き!」


 だめだ、全く話が通じない。

 なんでも、この前のエルフの兄弟がくろねこ亭で働くようになって彼らがナディアの付き添いをしてくれているらしい。

 リア曰く、しっかり者の兄がナディアの面倒を見てくれているようでこんな様子の彼女だがなんとか成り立っているらしい。


「そうか、今度いいおもちゃ買いに行こうな」


「骨?」


「骨でもなんでもいいよ、買ってやる」


「やったぁ!」


——はむっ、はむっ


 食卓から響くのはクシナダが爆食する音だ。クシナダ用に大量の米とパン、それからくろねこ亭で売れ残った料理や食材を軽く調理したものを彼女がまるで亜空間に放り込むように流し込む。

 本人は食べる瞬間(丸呑みにする瞬間)を見られるのを嫌って外では食べないようにしているためこうして家で爆食をするのだ。


「クシナダ、足りるか」


「ちょっと足りない……かも」


「ちゃんこでいいか」


「ふぁい」


 俺は台所に行くと保存庫にある中途半端な野菜や魚類を手当たり次第取り出して下処理をして鍋に放り込む。出汁は魚介かな。

 極東で学んだ最高の料理「ちゃんこ」だ。


「いい香りですね〜」


「おかえりフィオーネ」


 フィオーネは汗臭そうな体で手を挙げた。ちょどいい、ナディアを温泉に連れていってくれ。


「おかわりまだある?」


「ん、あるぞ」


 俺はおひつにお釜のご飯を全部入れてクシナダに渡す。ちゃんこに入れる分をのこさねぇと。

 あぁ、うどんがあったか。


「もうすぐ脱皮か?」


「うん、もうすぐだと思う……かなぁ」


 クシナダの脱皮は1日ほどかかるが大蛇になった時の大きさが少しずつ大きくなるらしい。蛇女は非常に長生きなのでこれから何度も脱皮をする。人間の姿のまま脱皮できるので原理はよくわからないが……脱皮した翌日の肌艶の良さがびっくりするほどだ。

 最近は恥ずかしがって脱皮後の皮を俺に見せずにヴァネッサに渡してしまうのが残念だ。蛇女の脱皮後の皮はいい値段になるのに……。


「フィオーネお姉ちゃんお風呂〜!」


「あっ、ナディアちゃんも? じゃあ一緒に洗いっこしましょう!」


 うるさいのふたりが出ていった。ちゃんこの方も火が通り食べごろだ。

 こんな最高の生活の中だというのにエスターの言葉が俺の胸に突き刺さっている。


——私はお前を信頼している


 ほんと俺って単純だよな……。

 

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