第135話 お願いソルト!(1)
応接室で優雅にお茶を飲むミーナ・シュバインは少し痩せたようで顔周りがすっきりとしている。丸メガネは新しいものに新調されていたがボサボサのおさげは相変わらずだ。
極東のお菓子……和菓子が好みのミーナはリア作のまんじゅうを小さくちぎって食べると「おいしい」と言った。
「ミーナさん、いった通り俺はしばらくギルドへは行かないっすよ」
ミーナは「わかっていますよ」と前置きをした上で
「でも、ソルトさんがいないと執務室が味気なくて」と魔性の微笑みをする。
「ダメですよ。お世辞言っても」
ミーナにそう言ったくせに、俺は彼女を追い返そうとはしない。サクラのこともあるし……またギルドにお世話になることだってあるかもしれないし。
「前と違って鑑定士部があって俺よりも優秀な奴らがいるでしょう? リアだってほとんどA級と言ってもいいくらいだ。それに……俺はわかったんですよ」
ミーナはまんじゅうを小皿において俺を見る。
「あの武闘大会の時、俺は何もできなかった。エスターさんやアロイさんが攻撃されるのを止めることも、怪我した彼らを治すこともできなかった。思い知ったんです。俺は鑑定士なんだって」
ミーナはため息をついた。彼女が持っている緑茶が彼女のため息で波立って、少しだけ溢れそうになる程大きなため息だった、
「極東最強の戦士を黙らせたのも、ツクヨミの動きを止めたのも貴方でしょう。それに、タケルやネルさん、極東の方々の信頼を得て皆が貴方を信じた。だからアマテラスさんを救うことができた。それで十分じゃない?」
ミーナは人を丸め込むのが上手だ。
でも、俺は折れない。
「まぐれですよ。俺は鑑定士が地位を取り戻した。それで十分なんです。ギルドで頑張る理由もないですし……。ここでのんびり暮らす。それが次の目標です」
「もう戻るつもりはないと?」
「それは……わかりません」
正直、迷うところではある。
ギルドにいると色々便利なこともあるし
「例の二人組のことですか」
「はい」
そう。俺はてっきりツクヨミと俺たちが追っている鑑定士と薬師のコンビが同じ理念を持って動いていると思っていた。
始祖のダンジョンへ入った時、奴らを眠らせるために俺は眠り薬を持っていった。まさかスサノオと戦うことになるってのは予想外だったわけだが……。
ツクヨミ曰く、あの二人組はただの契約関係だった。おそらく……王に成り代わるまで奴らが協力していたと考えて間違いないだろう。
「奴らは……金を出す奴がいればどんなこともでもするいわゆる闇商人みたいなものだと思ってます。依頼があれば動く……奴らには信念がない。だから動きが読めない」
「まるで貴方みたいですね」
「俺は善悪の分別くらいはついているつもりですよ」
苦笑いをする俺をみてミーナは「冗談ですよ」と言ったが、俺は臓腑がひやりとした。確かに、俺はギルドやたくさんの人の依頼(面倒事)を解決してきたがそれが善意によるものか悪意によるものか……もしも、俺が助けた人間が悪いことをしていたら……??
いや、こんな風に考えたって仕方ない。
「で、なんですか、その顔は」
ミーナはちょっと悪い顔をしている。
「戻って来てくれない? 仕事が山積みだし……それに私ね」
「嫌です。さっ、帰った帰った」
嫌がるミーナの背中を押して、俺は玄関へと向かった。今日は「くろねこ亭のデリバリー」を始めるためにバスケットの発注やら人員の確保のために元戦士たちに話をしなきゃいけないし色々忙しいのだ。
「私のお願いを聞いてくれないの?」
「俺には俺の人生がありますからね」
「ワカヒメさんのお願いは聞くのに?」
あー!
ほんとこの女……。
「ワカちゃんは王族! 貴方はギルドの幹部! 立場が違うでしょうが」
ミーナに無理やり別れを言って、俺はサングリエの果樹園へ避難する。バスケットの発注するのに職人向けの手土産ほしいところだし。
果樹園はとても綺麗に手入れされていて、甘酸っぱい果実の香りが漂っている。木から落ちた果実は肥料となり、小鳥や虫がくつろぐ姿は自然そのもの。サングリエの育成方法はのびのびしていてなぜここのワインが美味しいのかわかったような気がした。
「ミーナさん?」
「あぁ、まったく困った人だよ」
「いいじゃない、頼りにされてるんだから感謝しないと」
「のんびり生活したいんだよ」
「それは私も同じだから賛成だけどね」
サングリエはブドウの収穫を俺に手伝わせながら、少しだけ悲しそうな顔をした。
「ワカヒメさんの力ってすごかったわね。私、まるですごい力を手にしたみたいだった。けど、本当の力じゃないんだって思ったら虚しくって」
「俺も……。あんな風に戦えたら今も最前線にいたんだろうなって思ったら改めて戦士として戦えない虚しさが襲ってきたよ」
だから、改めて冒険者をやめて戦いとも無縁の場所で生活をしたくなったんだ。
「サングリエ、手土産にぴったりのワインを見立ててくれないか?」
「お相手の情報は?」
「年配のご夫婦だ。手編みのバスケットを作ってる」
サングリエとともに俺はワインセラーへと向かった。
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