第134話 ナディアのおつかい(2)
ナディアはまっすぐ帰る……ではなく貧民街で寄り道をしている。俺とシューはこっそりその様子を見ているが……。
「はい、これネル・アツマカゼちゃんからだよ!」
アマツカゼな……。アツマって……。
ナディアは小さな兄弟になにやら包みを渡している。薬……だろうか?
貧民街の兄弟はよくみりゃエルフらしく、大きな耳と美しい色の髪だ。薄汚れているせいでよくわからなかった。
「ありがとうお姉ちゃん。これでお母さんの足の痛みがよくなるんだ」
「へぇ〜……そうなんだ」
ナディアはわかったのかわかってないのかニコニコしている。あの兄弟をくろねこ亭に誘えれば上出来なんだけどなぁ……。
「お腹へったの?」
「うん……」
「こらっ! 他人様に迷惑をかけるなって母ちゃんに言われたろ!」
弟の方は泣き出してしまう。
おそらく、母親はネルの知り合いのエルフだが働けないんだろう。貧民街に暮らしているがうまくやっているとでも言っているのか。
エルフってのはプライドが高くて人に頼ろうとしない。そんな人が多い印象だ。彼らの母親はどんな人なんだろう。
「ナディア頑張ったからきっとリアお姉ちゃんがマカナイくれるよ! それあげる!」
ナディアは「待っててね!」と言って全力で走り出した。くろねこ亭に向かったようだ。俺は仕方なく彼女を追った。
エルフの兄弟はあっけにとられている。まったく、ナディアのお人好しは誰に似たんだか。
「リアオネーチャーン!」
「ん? ナディアおつかいは?」
「新しいおつかいなの! まかないをこれに入れてくれる?! ふたりぶんっ!」
リアは胸を張ってバスケットをリアに渡した。ここで俺もくろねこ亭に入る。
「あっ、ソルトお兄ちゃん! ナディアね〜聞いて!」
「ん? おつかいお疲れさん」
俺の言葉を聞いてナディアの尻尾はMAX値を超えるんじゃないかと言うくらいブンブン震える。
「あたらしいおつかいなの!」
「そうか、気をつけてな」
俺はリアにこっそり事情を説明する。
「まかないね! おまかせぇ!」
リアはパンやら保存の効きそうな食材をこれでもかとバスケットに詰め込んで、最後にくろねこ亭の説明が書かれたチラシを挟んだ。これできっと彼らはここに働きに来てくれるはずだ。
「くろねこデリバリーか」
俺の頭に新しい儲け話が浮かぶ。
「いってきまーす!」
ナディアはかけていく。ウツタに雪の精をナディアにつけてもらっていつでも危険は察知できるようにしてもらうか。
それとも、元戦士のおっさんたちに護衛をお願いするのもアリだな。最初は顔の見える顧客のみデリバリーを始めるって手もあるぞ。
***
「でね、でねっ! ナディア、たくさんありがとうっていわれたんだぁ」
満足げなナディアはおんなじ話を農場にいる全員にして周り、話の通じないコボルトや土モグラにまで話している。
「そういやナディア、道を覚えるの得意よね」
大人なサングリエはナディアの相手をしてやる。ほんと、見上げた女だ。
「うんっ。においで覚えてるんだよ〜」
さすがイヌ科。人狼ってのは満月になると凶暴になること以外はなんの問題もない生き物だな。戦闘能力は抜群。ナディアももう少し精神年齢が高くなったら天職の判別をしてやんないとな。
女の子だし、ガシガシの戦いに連れていくつもりはないが、本人が自分が人狼であることを認識したらどんな考えをもつのかどんな夢を持ち未来を望むのか。
「ナディア、くろねこ亭のおつかいやりたいか?」
「えっ! やっていいの?」
「今日みたいにお客さんにお料理や飲み物を届けてお金をもらってくるんだ」
「がんばる!」
一応、了解は取れたな。
サングリエは「まだ早いんじゃない?」と苦笑いをしているがナディア本人はやる気だし。やらせてみてもいいだろう。
「ナディア、たくさんお手伝いしてたくさんおやつ買うんだ〜」
お気に入りはコボルト用の骨のおやつ。あと、モンスターの骨で作ったガジガジするやつ。ナディアはあの固そうな骨をバリバリ食べるので正直怖いくらいだが……まぁ人狼だし。
「シュー、精神年齢が上がれば満月の凶暴化のコントロールは効くようになるのか?」
「ならないにゃ。多分、だけどにゃ」
そうか。
人狼ボスのいるダンジョンに満月の夜は入るなってのが昔から伝わってるだけある。ただ、ナディアは女の子だし何か方法があるといいけど。
「ソルトお兄ちゃん変な顔〜!」
ナディアはへらへらと笑って牧場の方へと駆け出していった。
ナディアはなんだか平和を体現するような存在だと俺は思う。本能のままに笑って泣いて走って。疲れたら眠って……。
「ソルト、ワインソースの試食をしたいんだけど手伝ってくれる?」
「了解」
俺はサングリエのリクエストに応えるために倉庫から肉を取り出した。ワインソースならステーキかロースト肉だな……。
新鮮な野菜なら苦味のあるものもいいな。
「一応、王宮への寄贈品なの」
サングリエも大概だ。この人の商才はもはや回復術師の才能を超えているレベルである。鑑定士なら大成功していただろう。いや、鑑定士の俺よりも大成功するかもしれない。
「新しい女王様……ラクシャ様はとても美食家でね」
サングリエの話を聞きながら俺は料理を始めた。
なんて幸せな時間なんだろう。暖炉の近くで伸びているシューはきっとこのステーキが焼きあがったら起き上がって試食役をやりたいと言い出すだろうし、匂いにつられてナディアも戻ってくるだろう。
「やりがいがあるぜ」
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