第131話 プリンセスの帰還(1)

 極東でのツクヨミ討伐から数週間。俺はギルドに休暇をもらってスローライフを満喫している。

 始祖のダンジョンで見つけた薬草や植物はクシナダとミーナが研究部で栽培をしているし、俺の出る幕はなさそうだった。

 正直、俺の母親が異世界からきた人間で……その血が混じっているって実感なんて湧かなかった。母親がどんな人間だったのか俺は知らないわけだし。


 俺は農業用の水路で釣りをしながら天日干しにしたイカをしゃぶっている。口に広がる磯の香り。極東人というのはなんでこんなに美味いものを次から次に思いつくんだか。


「引きにゃっ」


「おっ!」


 ぐいぐいと引っ張られる竿。俺が力を込めて釣り上げたのは


「まーたマスにゃ」


「いいだろうが」


「もう飽きたにゃ」


「そうだよなぁ、小さいしリリースだな」


「にゃあ」


 シューはあくびをしながら鳴いたので変な声を出した。収穫はもう終わったし、今日は何を作って食うか。


「ソルトさーん、今日んところは失礼します」


 元戦士たちが思い思いの野菜や米を持って帰っていく。俺は彼らに軽く手を降って見送った。

 実は彼らがああやって持って帰った野菜や料理が口コミになって仕入れの注文やくろねこ亭の客が増えている。

 慈善事業なんてと思っていたが、これもすべて信頼と実績。利益につながっているのだ。


「サングリエの新作ワインでも飲んで、そうだ。今日は肉でも買いに行くか」


「大賛成にゃ。ちょうどタバコも切れてたにゃ」


「ベニが送って来たのがあったろ?」


「あぁ、センスの悪い葉巻はソルトが吸えばいいにゃ」


 あーそうですか。

 俺は寝転がって空を眺める。雲はまるで生きているみたいに流れている。のんびりした日々はまるで流れる雲みたいに時間が流れるのが早い。

 極東のワカちゃんから毎日のように届く贈り物や、花街のベニたちからは珍品が時たま送られてくるし。そろそろミーナがしびれを切らしてやってくるかもしれない。

 でも俺は、シューとの時間を大事にしたい。


「シュー、なんか食いたいもんあるか?」


「生クリームたっぷりの甘いおやつかにゃ」


「あいよ」


***


 夕食を終えた俺たちはそれぞれの部屋でそれぞれの時間を過ごしている。俺も親父から借りた書物を読みながら部屋の暖炉に火をつけて、膝の上ではシューが丸くなっている。

 ワカちゃんからもらった緑茶を嗜みながら、まだ見ぬ植物や生物の記録が記された書物の内容を記憶していく。


「この世には面白いものがたくさんあるな」


 シューは眠っている。俺の親父みたいな独り言とページをめくる音だけが部屋に響く。


——ワンワン!


 コボルトたちの吠える声。

 またフィオーネが貧民街の子供でも連れてきやがったか?


「たのもーー!!」


 懐かしい掛け声。元気な声は聴き覚えがあった。

 あれから数週間、さっそく帰ってきやがったか!


「ヒメさん!」

「ヒメちゃん!」

「ヒメさんにソラさん! それにハクさんまで?」


 ユキ、ナディア、そしてウツタの声が響き、俺はよっこいしょと腰をあげて玄関まで降りて行く。

 予想通りの顔ぶれ。大きなフロシキを抱えた3人娘は満面の笑顔で俺に言った。


「今日からお世話になります!」


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