第130話 始祖のダンジョン(2)

「かんぱーい!」


 ソラとハクの治療が終わり、二人は病み上がりで酒は飲めないが宴に参加している。これも、アマテラスの【浄化】とネルたちの治療が素早く的確だったおかげである。

 シューは人間の姿で酒と肉に酔いしれ、俺も端っこでしっぽりやっている。

 アマテラスはその名の通り天を照らす太陽のような人だ。顔はイザナミに瓜二つ。明るくてそれでいて聡明な人だ。


「ソルト様」


「あぁ、ワカちゃん」


 ワカちゃんは俺の隣に座ると持って来た料理を俺の取り皿に取り分けてくれた。彼女の力がなければ俺たちはヒメたちを助けるどころかスサノオを退けツクヨミの野望を阻止することはできなかっただろう。


「ヒメちゃんたちと、それからアマテラスお姉様をありがとう」


「俺はサポートに過ぎないですよ。実際に戦ったのはタケル。それにツクヨミを倒したのはアマテラスさんです」


「でも、ソルトさんの作戦あってのことでしょう?」


 正直言えば、スサノオとアマテラスの関係については知らなかった。なんでもスサノオが力を発揮している間アマテラスは力を発揮できず、スサノオはアマテラスが近くにいないと力が発揮できない。

 姉と弟なのになんというか……難しい。

 つまるところ、俺がスサノオを寝かせたからアマテラスが力を発揮することができたわけだ。

 アマテラスによればスサノオは洗脳されており、アマテラスの【浄化】で目覚め何処かへ旅立って行った。


「まぐれみたいなもんですよ」


「ちょっとソルトさん? 口説いちゃいけませんよ〜」


 ミーナが俺とワカちゃんの間に割って入って俺の方を眺めている。真っ赤な顔に据わった目。相当飲んでやがるな。


「ミーナさん、飲み過ぎですよ」


「いいじゃない! 始祖のダンジョンでいろんな薬草も見つかったし! ひと段落ついたんだし!」


 ミーナは俺と肩を組むとじっとりと顔を見てくる。


「なぁに? ふたりでしけこんじゃって。好きなの? こういうのがタイプなの?」


「すいません、うちの上司酔ってるみたいで」


「実際のところ、私のことはどうお思いなんですか」


 うわっ……ミーナのせいで面倒なことになってきたぞ。

 ワカちゃんとミーナの顔が俺にぐいっと迫る。俺はじりじりと壁際に追い詰められていく。

 ふたりの大きな胸と可愛らしい顔の圧が……


「こらこら、お客人を困らせたらだめじゃないか」


 ナイス、ネル。

 俺はするりと抜け出すとヒメが座る縁側へ向かった。ヒメは大人しく座って料理を楽しんでいる。


「ソルト殿」


「ヒメ、静かだな」


「ソラとハクが飲めないのじゃ。ヒメも飲まん。それに、礼を言ってなかったな。ありがとう、ソルト殿」


 ヒメは湯のみを縁側においた。

 そして、一呼吸置いてから


「殺されると思った。ソラとハクが飛ばされ、それでも……スサノオ様の剣がヒメには見えんかった」


 ギリギリ間に合った感じだったし、怖い思いをしただろう。


「ヒメのために妹や友達が命を投げ出そうとしたこと……死んだ仲間もたくさんおる。ヒメにとってこの宴は死者への葬いなのじゃ」


——にゃあお


 シューがいつの間にか黒猫の姿になってヒメに寄り添った。たらふく食って満足したのか顔を洗っている。


「おっ、蛇女様! こちらにもありますぞぉ!」


 遠くの方でクシナダに集まった忍びたちが我も我もと食べ物をクシナダに食わせている。極東では縁起のいい蛇女。

 クシナダは大蛇の姿となって道中に死んだシノビたちの亡骸を運ぶのに一役買ってくれた。

 彼女の真っ白な髪を欲しがる者までいるようだ。たじたじのクシナダはなんだか嬉しそうだ。


「ソルト、ヒメさんあっちでデザートでもいただきましょ」


 俺とヒメを見つけて声をかけてきたのはサングリエだった。ちゃっかりうちのワインを「ぶどう酒」と名付けて売り込んでいる商才サングリエはかなり優秀な回復魔術で満身創痍の俺たちをサポートしてくれた。


「あんみつ、かき氷もあるわね」


 サングリエの視線の先ではウツタが手を振っている。お得意のかき氷を作ったり、酒に入れる氷を削ったり。

 極東では忌み嫌われる雪魔女だが、彼女がアマテラスを救うメンバーの一人になったことでそれも変わっていくような気がした。


「なぁヒメ。いつでも手伝いに来い。落ち着いたらでいいからさ」


「もちろんじゃ」


「ソルト君」


 イザナギは真っ赤な顔で散々飲まされたようだった。


「タケル君から聞いたよ、すべて君の人選であり作戦通りだった。君は嫌がるだろうが……」


 俺はイザナギが面倒なことを言い出す前に口を挟んだ。


「英雄になるのはタケル……あいつの役目です。俺はただの鑑定士。サポートです。お言葉をいただけるだけで十分です」


「ははは、君という人は」


 本気でワカヒメの婿になれとか、極東との交流大使になってくれとか言われたら困るしな。

 英雄ヒーローであることは面倒事を引き受けるってことだ。俺が目指すスローライフとそれは共存しないのだ。


 始祖のダンジョンは翌朝忽然と姿を消していた。

 ツクヨミは死んだ。

 だが、俺たちが追っている鑑定士と薬師の影をつかむことはできなかった。

 俺の心はすっきりしないまま、ツクヨミによる混沌の再来計画は終わりを告げたのだった。



——————あとがき———————


ここまでお読みいただきありがとうございます。

本話をもちましてこの物語は一区切りとなります。今後はスローライフ回やお楽しみ回等もどんどん執筆して参りたいと思いますので引き続き応援していただけると幸いです。

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