第129話 始祖のダンジョン(1)


「サングリエ! 怪我人を頼む!」


 クシナダとウツタが負傷したソラとハク、そしてヒミコをサングリエの近くへと移動させる。

 タケルの異能にぶっとばされたスサノオは目を白黒させていた。


「ソルト……そやつはスサノオ……裏切り者じゃ」


 ヒミコは血を吐きながら言った。ネルとウツタが治療にあたる。傷口をウツタの氷が冷やして塞ぎ応急処置をしていた。

 

「タケル、行けるか」


「二人とも俺が始末する。女神さま……俺に力を」


 タケルは両手に剣を持ち突っ込んでいく。不可思議な呪文を口にしながら彼が繰り出す技にスサノオは困惑している。

 俺も最初はそうだったよ。

 わっけのわからないスキルとやらで間合いも何も関係なし。魔法だか斬撃だかわからない力がぶっ飛んでくるのだ。

 この世界の常識を超越したその力を俺は……世界最強だと思っている。


「スサノオ! 引け!」


 ツクヨミの一言でスサノオは退いた。


「ソルト……どうする」


「タケル、スサノオは俺に任せてお前はツクヨミを頼む」


 俺とタケルは居場所をスイッチして剣を構えた。ツクヨミはニコニコと笑うとタケルに向かって魔術を放った。

 タケルはそれをひと薙ぎで払う。


「よそ見するんじゃねぇ!」


 ガシン!

 非常に重い一撃を俺は剣で受け止める。何度か剣を交えて俺はシューに合図した。あとはシューからの合図を待つだけ……。


「貴様っ! よく俺を見切れ……」


——愛する御仁の生還を願って


「百倍以上の力が俺たちには……宿ってる!」


 俺は極東最強の戦士の剣を弾いた。そして、その刹那、俺は剣を捨て懐に入れていた布袋をぶちまけた。ピンク色の粉を吸い込んだスサノオはゲホゲホとむせたあと膝から崩れ落ちるように倒れた。


「異世界の戦士よ」


「ファイアーアタックぅ!」


 タケルの奇怪な呪文が最深部に響く。ツクヨミは少しずつ押されながらもタケルと攻撃に慣れているようだった。


「俺の計画に乗らないか」


「嫌だね!」


 タケルはツクヨミの魔法を弾く。


「なら……これを受けてみよ」


 ツクヨミの魔力が暴走する。体は膨張し、白かった肌には輝く鱗が……


「ソルト!」


 タケルの見る方向へツクヨミが目を向けた時には遅かった。俺はツクヨミの腹に深々と剣を突き刺していた。


「貴様……なぜ」


 そう、ツクヨミの目にはスサノオと剣を交えている俺が写っていたのだ。それは……シューの魔術【ミラージュ】で幻を見せていただけだが。

 タケルは陽動。本丸は俺。


「ぐぐっ」


「ヒミコさん!」


「はぁぁ!!!!」


 ヒミコは用意していた封印魔術を発動させた。


「鑑定士と薬師はどこへやった」


 俺の言葉にツクヨミは笑った。


「ロマーリオとジャネットは俺の野望のため協力をしてくれただけ。契約は終わった」


「もうやめなさい、ツクヨミ」


 凛とした声、俺の後ろに立った女性は眩い光を放っていた。俺は目を細めながら彼女を見た。

 まるで太陽を見たときのように目が痛くなる。

 それでも、その美しさ……に俺は動揺した。


——アマテラス


「アマテラス、あんたが決めな」


 ヒミコが封印魔術の手を緩めた。


「この人ももはやツクヨミではありません。厄災へと進化してしまった。ヒミコありがとう」


 アマテラスは俺に退くように手を動かすとツクヨミの腹に刺さった剣を握った。


「見ろ……あれが極東の次期女王の力だ」


 アマテラスが握った剣は一瞬にして灰になった。アマテラスの光がツクヨミを包むとツクヨミは喉の奥からひねり出したような声を上げる。

 それが最期の声となった。ツクヨミは完全に灰となり崩れ落ちた。


「ありがとう、スサノオを眠らせてくれたおかげで本来の力を使うことができました」


 アマテラスはイザナミにそっくりな顔だ。俺に向けられた笑顔はまるで女神のように神々しい。


「ヒメ、ソラ。よく頑張りましたね」


 アマテラスが微笑むと最深部を大きな光が包んだ。すると俺たちの傷はみるみるうちに治り……


「ソルト! スサノオが!」


「良いのです。行かせなさい」


 アマテラスは弟の背中を見送ると静かに言った。


「先ほどの光で彼の洗脳は解けた。彼は贖罪の旅を続けるでしょう」


 俺たちは始祖のダンジョンから極東へと凱旋した。なくなったシノビたちの亡骸を抱え、そして太陽のような次期女王のアマテラスを奪還しツクヨミを倒した。


***


「なぁソルト。俺が元の世界に帰れないってことは……ツクヨミの討伐は俺の使命じゃないってことだよな」


 ダンジョンから帰る最中、タケルが的を射た発言をした。確かに、その通りである。

 ツクヨミは迷宮王になる存在だったはず。俺が彼を刺した時彼は迷宮王になりかけていた。


「まあ……この世界は気に入ってるし。サブリナとのんびり旅を続けることにするよ。そうすりゃ、使命とやらに辿りつくだろうってね」


 俺には関係のない話だ。

 

「ソルト殿。助けに来てくれて誠に感謝する」


 ヒメは泣きっ面だった。

 ソラとハクはサングリエの治療では間に合わずダンジョンを出たらネルたちが治療することになっていて、今はウツタの術でキンキンに冷やされている。

 体の原理はわからないが冷やしておいた方が色々損傷が進まない仮死状態にできるらしい。


「間に合ってよかった。それもこれも……全部彼女のおかげさ」


 ヒメは首を傾げた。ヒミコがにっこりと笑う。ヒミコにはなんでもお見通しだ。


「ワカヒメが……力を発揮したのね!」


 アマテラスに手を掴まれて俺はのけぞった。この人は……イザナミにそっくりだ。キラキラした瞳は誰よりも純粋で、真っ直ぐで。


「ワカヒメ殿が……ヒメを助けるために?」


「そうだ。俺たち全員に」


 そう、俺は会議の後ワカちゃんに頼み込んで力を使ってもらったのだ。俺たち全員がその和歌を聴き力を手にした。

 

「帰ったら宴を開きましょう。だってワカヒメが前に進めたってことだもの。うふふ、ソルトさんたちも一緒に」


 アマテラスが小走りで社へと向かった。俺はやれやれと言いながらもひと段落ついたことを安堵した。


——契約は終わった


 俺たちの追う鑑定士と薬師は野放しのままだ。

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