第126話 ユキの恩返し(2)
「ソルト!」
慌てた顔で戻ってきたゾーイ。ハサミとクシを手に持ったまま、しかも裸足で。
「どうした?」
「ユキちゃんが飛び出して……」
ウツタとリアが心配そうな顔で立ち上がった。
「多分、くろねこ亭に行ったと思うけど」
「なら、私が探しに行きます」
といってウツタは何匹かの雪の精を生み出すと四方八方に飛ばした。便利。
「俺も探した方がいいか?」
「いえ、ソルトさんはヒメさんたちとの時間をお過ごしください。今日が最後……になるかもしれないのですから」
「ありがとうウツタ」
俺はリアが作ったポトフを一気に飲み込むと極東風の履物【わらじ】を履いて稲田へと向かった。
ハクとソラが今朝の稲刈りをしている。朝日に輝く黄金の景色はいつみても壮観だ。
「ソルト殿」
「ヒメ……」
ヒメは稲刈りをするふたりを見ながら微笑んだ。俺の隣に座ってそしてもう一度遠くを見るような目をする。
「この稲田は美しい」
ヒメは眉を動かし、おどけたような表情で俺を見る。
「ヒメを歓迎するために作られた稲田だったな」
そう。極東との交流を深めるため、ミーナが考えた田んぼ大作戦。親父に協力してもらって作った田んぼ、そして米。
あの時、奇跡みたいに現れたヒメのおかげでゾーイを救うことができた。その後もこいつらには死ぬほどお世話になった。
「そうだな」
「ヒメはこの景色がとても好きじゃ。この土地に住む仲間も大好きじゃ」
「ユキのことも大好きじゃ」
雪魔女は嫌いだったくせにいいやがるぜ。
「ヒメも……無事帰ってきたいと思っておる。じゃが……」
ツクヨミは強い。
それは俺自身が一番わかっているはずだ。
「ツクヨミ兄様だけじゃない。ヒメは嫌な予感がするのじゃ。のぉ……ソルト殿」
ヒメはぐっと堪えるような顔で小さく、小さく言った。
「ヒメは怖いのじゃ」
俺は彼女に何を言ってあげればいいんだろう。ツクヨミの影武者であるホシとあの武道大会で対面した時、何もできなかった俺が。
——俺は誰かをかばって身を捧げることも、傷ついた誰かを助けることもできなかった
「もう誰も失いたくないのじゃ」
俺が口を開こうとした時だった。
「ヒメさまー!」
ソラの元気な声。
あいつも最初は面をかぶって、しかもヒメのために自害しようとしてたっけ。それでもちゃんと前を向いて、あんなに笑って。
「くよくよしていてはならんな。さっ、収穫じゃ収穫じゃ」
ヒメは奮い立たせるように笑顔を作って立ち上がると、俺の肩に手を乗せた。
「何かあった時はお主が助けにきてくれると、そう信じておる。じゃからヒメは必ずここへ帰ってくるつもりで出立する。ソルト殿、後は任せたぞ」
ヒメは裸足になって田んぼへと駆けて行った。
——俺に何ができる?
***
「ヒメちゃん。無事でね」
リアがポートの前で涙を拭った。一応、王族だ。見送りはとても多い。ネルだけでなく親父や病み上がりのエスター、アロイまで顔を出していた。
「ちょっとお待ちを〜!」
大きな声でギルドに入ってきたのはウツタ、そしてウツタに抱えられたユキだった。
ユキは無事見つかり……というかふたりとも何してたんだか。
「ヒメ……さんっ!」
真っ赤顔で大きな声を出したユキは小さな足で一生懸命ヒメの方まで駆け寄った。手には綺麗なブルーの宝石……首飾りか?
「これ……私が作った万年氷……の首飾りです。たくさんの魔力が入ってます! だから、だから……これがきっとヒメさんを守ってくれるから……またユキと一緒に」
ヒメはユキに視線を合わせるようにしゃがみこんでそして首飾りを受け取った。そのまま自らの首にそれをかけるとユキの頭に手を置いた。
「その心……ヒメはしかと受け取ったぞ」
ユキは笑顔になる。
「ユキは……ダメと言われてもずっと待ちます。どんなに待ちぼうけを食らっても……私は、雪魔女ですから」
極東では雪魔女と駆け落ちの約束をした青年が雪魔女を裏切った。待ちぼうけをくらった雪魔女が裏切りを知った時、その国すべてを凍りつかせた。という逸話があるらしい。
ヒメたちが雪魔女を不吉だと考えている大きな原因であるが、それをユキは受け止めた上で、ヒメを慕っているのだ。
「ユキ。達者でな」
「はいっ!」
こうしてヒメたちは極東へと帰って行った。
最初は王族を住まわせるプレッシャーと彼女たちが起こす面倒事に困らされていた俺だったが、いざ別れとなるととてもさみしい。
——ヒメは……嫌な予感がするのじゃ
天狐の血を引くヒメの言葉に俺はゾッとした。予言の力があるヒミコを継ぐヒメが言った一言は非常に重い力がある。
アマテラス……彼女の誘拐事件が早く解決することを願おう。
「ソルトさん、ギルドの方のお仕事お願いできるかしら」
ミーナに声をかけられて俺は現実に戻る。
「えっと……なんのすかね?」
「花街の方からの鑑定依頼ですよ。ベニさんが鑑定士部ではなくソルトさんに見て欲しいって」
エリーが困ったわと言った顔で俺に書類をよこした。
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