第125話 ユキの恩返し(1)

 うちに来ていた極東組の帰還が迫っている。

 というのもヒミコがアマテラスを捜索するのに狐双子の力が必要だとのことだ。それに付属して護衛であるハクも帰ることになった。

 ゾーイがしばらくこっちにいることになっているので人手には問題ないが、やはり皆寂しいようだった。


「寂しくなるわね」


 リアがソラと一緒に料理を運びながら言った。一気に3人も減るんだ。寂しいっちゃ寂しいな。

 特に自宅警備的な役割をしてくれていた極東陣。


「アマテラス姉様が無事に戻ればヒメは又ここへ戻ってくるのじゃ」


 いや……それはそのちょっと迷惑だな。

 ヒミコが欲するくらいの力を持っている御仁をここで腐らせているのも気がひけるし。


「そのアマテラス様ってどんな方なんだ?」


「お名前の通り太陽のようなお方です。誰よりも美しく明るくそして聡明なお方です。唯一無二【万能】の天職を持たれるお方です」


 また、やっかいそうな奴が出てきたもんだ。


「すべてに長けているアマテラス姉様は王にふさわしいお方。雰囲気はフィオーネ殿を聡明にしたような感じです」


 そりゃ……その

 俺は何もわかっていないフィオーネの顔を見る。フィオーネは首を傾げた。

 正直いって、会いたくないな。


「そ……ソルトさん」


 ひょっこりと顔を出したのはウツタだ。

 

「ん? どうした?」


「ほら……自分で言いなさいっ」


 ウツタの後ろに隠れているユキが真っ赤な顔で俺に何かを言っているが声が小さすぎて聞こえない。

 

「——さい」


「——ください」


 俺は耳を傾ける。


「髪を……切ってください」


「あ、いいけど……リアにお願いしようか。俺は女の子の髪型詳しくないしな」


「あら、私が切ってあげましょうか? 私、医師だからソルトよりも手先は器用だし美容には自信があるわ」


 胸を張ったゾーイはユキと同じ目線になるとキラースマイルを繰り出した。ゾーイは子供受けがいい。

 ユキは小さく「うん」とうなずくとゾーイが差し出した手を握った。


「ユキちゃんはどんな髪型にしたいの?」


 おかっぱ頭が伸び切ったような……極東の人形のような不可思議な髪型だがユキの髪質が美しくて様になっている。

 ゾーイはユキの髪を撫でながら言った。

 ユキは顔を真っ赤にして


「——みたいにしてください」


 と言ったが聞こえない。


「ちょっと、静かに」


 ゾーイがわちゃわちゃはしゃいでいるソラたちに注意する。シンとなる部屋。


「ヒメさんみたいな……髪型にしてください」


 真っ赤になって顔を隠すユキ。同じように顔を赤くするヒメ。

 ヒメは雪魔女を嫌っていたが、幼い子供にまで自身が幼稚なことをしたと反省し優しく接していたようだった。

 だからかはわからないがユキはヒメを好いていたようだ。


「ヒメちゃんの髪型かぁ……うーん。難しいけど確かに可愛いわね」


 ヒメの髪型は耳の横が中途半端な長さに切られているのが特徴的な不思議な髪型だ。というか、極東の女性は大体この髪型である。ワカヒメもイザナギも同じ髪型だったような……?


「そ……ソラはヒメの髪を整えてくれるじゃろ。ゾーイ殿にやり方を教えてあげたらどうじゃ? ヒメたちはいつ帰ってこられるか……わからんのじゃ」


「え……」


 ユキは今にも泣き出しそうな顔でヒメの元へと駆け寄った。ヒメは驚いて退き、ソラがユキの手をとった。


「ヒメさんたち……どこかへ行っちゃうの?」


「えっと……その」


 ソラが俺に送ってきたSOSの視線を俺は戸惑いながら頷いて返事した。ユキに向かって俺は優しくいう。


「ヒメさんとソラさんは一旦お国に帰るんだ。大事なお仕事があるから……その」


「いつ帰ってこられるかわからないって……もう会えないかもしれないの?」


 俺とソラは顔を見合わせた。

 相手はツクヨミ。いくらヒミコが付いていたとしても万が一という可能性が大いにあるし、アマテラスが戻ってこられないとすればヒメたちは王位継承権を持つ人間として極東に残ることになるだろう。

 そもそも、王族がうちにいることの方が異常なわけで……。


「そ……そんなことは」


 ソラがそう言いかけた時だった。


「そうじゃ。ヒメはもう帰ってこられないかもしれん。それに、死ぬかもしれん」


 ユキがみるみるうちに青ざめた顔になり泣き出した。

 ヒメはなんて空気が読めないんだろうか。全く。


「ヒメ……そんなこと言わなくても」


「別れなどそういうものじゃ。ソラ、ハクお主たちもしっかりとこちらの御仁に伝えて置くように。もう2度と戻って来ることはできぬかもしれないと。最悪の場合死んでしまうかもしれないと」


 ヒメはいつになく険しい顔で言った。ソラもハクも目を伏せ俯いてしまった。


「シノビたるもの……命を使ってでもアマテラス様を救い出す。そうであろうソラ、ハク。ヒメはシノビではない。でも、極東を収めるのはアマテラス姉様にかおらんのじゃ。そのためにはこの命を何度落としても……」


 ヒメは立ち上がると「最後の収穫をして参る」と言って出て行った。


「じゃあ、ゾーイさん。切り方を教えますので温泉施設の方へいきましょうか」


 とソラがゾーイとユキの手を取った。

 

「ヒメ様はここが大好きなんです。だから……多分あぁ言って自分を奮い立たせて気持ちに区切りをつけようとしているんだと思います」


 ハクは驚いて固まっている俺たちに向かって言った。

 

「子供にまであんなこと言わなくてもいいじゃない。ユキちゃんのことやっぱり雪魔女だから嫌いなのかしら」


「それは……シノビは命をかけて戦います。だから……私たちはなんども大切な仲間を失ってきました。私たちにとって《必ず帰ってくる》なんていう約束は幻想にすぎません。ヒメ様も幼い頃から何度も親しいシノビとそのような約束をし、帰らぬ人を待ち続けました。だから……ヒメ様なりにユキちゃんを思いやってのこと。お許しください」


 極東の情勢なんかはわからない。

 ただ、いつも優しいあいつがあんな風に冷たい物言いをするなんて、ハクのいうことが多分正しいんだろう。


「大丈夫です、ユキは強い子ですから」


 ウツタが明るく振る舞った。

 今日の午後、ヒメたちは極東へ帰る。

 俺ももう彼女たちに2度と会えないかもしれないのだ。

 

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