第124話 デートするの巻!(3)
「おでん……?」
「はい、極東では冬場に食べるものですが……酒飲みの間では年中人気なのですよ」
ワカちゃんはいくつか注文をしてから俺と一緒にテーブル席に着いた。鍋物だろうか。甘い出汁のいい香りが漂って俺の腹がなった。
「おや! い……イザナギ様っ?」
大将がびっくりして大きな鍋をひっくり返しそうになった。驚くワカちゃんと俺の向かいに座ってイザナギは「やぁ」と言った。
「ワカヒメが男と出歩いているって聞いて心配になってね」
釘をさすように俺を見たイザナギの目の奥は笑っていない。イザナミめ……まさか内緒にしていたんじゃ……。
「イザナミがシューちゃんを抱っこしてるからそうだとは思ったけど……全く。うちの大事な家族を連れ回すのはいただけないな」
「イザナギ様っ……私がお願いしたのです。命の恩人であるソルト様にお婿にきてくれないか……と」
酒を煽りながらイサナギは目を丸くした。
「で……ソルト君はどうなんだね!」
すごい圧。
「いや、お断りしましたよ。俺は農場がありますし……それに」
「それに?」
「ワカヒメ様は特異な天職をお持ちだ。他国と関わらず平穏に暮らしてほしいと思うからです」
イザナギはおでんの根菜を口に入れて大きく頷いた。
俺の予想じゃ、ワカちゃんの能力は世界を揺るがしかねないほどの能力だ。ワカちゃんの力で100人の兵士が鼓舞されればその兵は1万にも値するだろう。
ただ……洗脳状態では彼女の力が発揮できなかったのか又は違う理由かはわからないがツクヨミが手を出さなかったのは……ワカちゃんにはまだ開花するなにか大きな才能があると踏んだからではないか?
その理由はきっとイザナギが謀反を起こされても彼女を生かそうとしたその理由と同じじゃないだろうか。
「うまい」
アブラアゲに包まれた餅だろうか?じゅわりと出汁を吸い込んだアブラアゲともっちりとした感触はなんとも言えない幸せな食感だ。
「ふふふ。私はこれが大好きなんです」
「ささ、ソルト君も」
イザナギが傾けたとっくり。俺は少しだけ酒に口をつけた。
「先ほど、ワカヒメ様の力を目の当たりにしました、シノビといい……極東は本当にすごいです。俺たちの国には見られないような天職が多くて」
イザナギがとっくりを落とした。
そして、真っ赤になっているワカちゃんを見つめた。
「ワカヒメ……ソルト君に詠ったのかい?」
「はい、イザナギ様。ソルトさんは力がみなぎったと……」
「なんと、なんということか」
イザナギは涙を流した。
***
「愛……ですか」
「ワカヒメはずっとふさぎ込んでいた。あの大臣が連れてきた頃からずっとだ。ヒメやソラにも心を開かず……アマテラスやイザナミにもだ。奏というのは強大な力だ。はるか昔、この国を統一したお方が奏と共にたった10の兵で10万の兵を倒したと語り継がれるくらいにな」
イザナギとイザナミ。
俺は謁見の間で正座をしている。ワカちゃんはシューと一緒に部屋に戻っていた。
「その先代の奏とその国を統一した人というのは」
「そうだ、その通り。夫婦だったのさ。奏は愛の力を具現すると言われていてね。大臣はワカヒメが両親や村の人間を思って詠い、そのもの達が国家を転覆するのではないかと恐れ焼き払ったのだ」
イザナギは悲しそうな目で一度だけ瞬きをした。
国政を行うものとして、彼はそれを容認したわけだ。
「無論、ワカヒメはそのせいで心を閉ざしてしまった。ツクヨミに洗脳されていても彼女は才能を開花することはなかった。俺たちの残虐な所業で……もうダメかと思ったんだ」
「でも彼を悪く思わないであげて……ワカヒメの地元はあまり良い場所ではなかったから、あぁするほかなかった。私も彼もできるだけワカヒメに愛を注いだつもりだったけれど……ふふふっ。ソルト君がお婿さんに来ればシューちゃんが私のおよめさんになってくれるかしら」
イザナミは慎ましい微笑みで俺を見ている。
呆れたように笑っているイザナギもちょっと嬉しそうだった。
「実のところ、アマテラスに万が一のことがあればワカヒメは王権を握ることになるだろう。彼女の想いを叶えることはできない。けれど……彼女が望めば会いに来てくれはしないか。ワカヒメとて王族。異国人とは婚姻できないとわかっているはず」
「儚い恋心は良い和歌を生みますからね」
イザナミもまんざらではないようだ。まぁ、ヒメとソラは半分「天狐」とかいう魔物のような存在らしいし王権をにぎらせるのは難しいんだろう。
俺も、正直ヒメが王権を握ると思うとちょっと怖い。子供に「おもち」とか名前つけそうだし。
「いつの日か、ワカヒメがこの国を心から愛してくれればきっと彼女の歌でこの国はもっと繁栄するだろう。ソルト君だから問題ないと思うが、他言無用。彼女は戦争のタネになりかねんからね」
こうしている間にも才能が開花した彼女をツクヨミが狙っているかもしれない。
また面倒事が増えそうな予感と、一人の女の子が少しだけ前を向いてくれた安心感が入り混じった複雑な気持ちになる。
「今度はうちの野菜もってきます」
「シューちゃんも一緒にね」
こうして俺の極東プチ旅行は終わりを迎えた。最強パーティーを追放されたあの時なら考えもつかなかっただろう。遠い国のお姫様に告白されるなんて……。
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