第120話 星の降る(1)
ついにやってきた。
俺は観客席の一番前でフードを深くかぶっている。俺の隣には男装したハク。
コロシアムの一番いい席には王様とそれから王女様が座っている。
そして……王様が偽物だとわかる出来事が。
「おいおい、あれってリッケルマン家のゾーイ嬢だよな?」
ゾーイである。
魔物愛護団体に所属してわずか1週間で成り上がった彼女は特等席に座るまでになっていた。
あいつの権力者に取り入るうまさは本当にバカにできたもんじゃないな。
俺の農場に深く関わっている人間だから難しいかと思いきや、どうやって滑り込んだんだか。
あれだけのことをしでかしたゾーイに気がつかない王ではあるまい。そう、あれは俺たちが知っている王ではないのだ。
ゾーイを無視する彼は紛れもなく偽物……ツクヨミなのだ。
「もしも……この作戦が失敗したら責任は取ってもらうぞ」
俺の隣で唸ったのはギルド長のアロイだ。つるつるのスキンヘッドに浅黒い肌。元回復戦士である彼はギルドの幹部を取りまとめる存在だ。
エスターが説得してなんとか協力してもらえることとなった。
彼はこの国のナンバー2。
「大丈夫、俺を信じてください。俺もあなたを信じます」
「では、本日の目玉! 戦士部長エスターと戦士部新卒の星! 魔術戦士フウタの一騎打ちを開始します!」
ハンデはなし。
エスターとフウタの一騎打ちだ。
台本じゃ、エスターがフウタに負けることとなっている。
「おりゃぁ!」
フウタは一振り、そして口から大きく火を吹きだす。エスターは猛スピードで避けながらも蹴りを繰り出した。
フウタはすっ転んだが、すぐに体制を立て直す。
俺はちらりと王の方を見る。
冷たい視線をエスターに向け、そして王の足はゆさゆさと揺れていた。
「甘い!」
エスターは台本を無視してフウタを吹っ飛ばした。
フウタは場外。
エスター……お前……。
俺の視線に気がついて、エスターは目を泳がせた。腐っても戦士、戦いとなると負けるのが嫌だったのだ。
だが、そんな予想外の出来事が王を動かすこととなった。
「すばらしい。しかし、我々王家は戦士の力に頼りすぎる現状をよく思ってはいない。エスターよ。こちらへ」
王はエスコートされるようにしてステージの方へと向かった。フウタは起き上がると脇腹を抑えながら起き上がる。
「エスターよ。こちらへ」
勲章を手に王は言った。本来ならフウタがこの勲章をもらい、エスターが後ろから粉を迅速にかける予定だったのだが……。
跪くエスター。
——響いたのは客席の悲鳴だった。
王はあろうことかエスターの首元に剣を振り下ろしたのだ。目にも見えないほどのスピードで。
エスターはギリギリでそれを避けたが、王の剣が肩にふかぶかと突き刺さっていた。
「やはり……!」
エスターが血を吐き出し、王が剣をエスターの肩から抜いた時だった。
エスターはこれを予期していたのか、フウタを守るために?
確かに、俺にも見えない、エスターでも避けられない剣をフウタがまともに受けていたら……?
「おいおい……あれ指名手配の……」
王の顔はみるみるうちにツクヨミの顔へと戻っていたのだった。観客たちはどよめき、そしてエスターは王の剣の刃が抜けないように握り俺に合図をした。
「ハク! フィオーネ!」
合図とほぼ同時観客席にいたシノビたちがツクヨミを拘束した。ヒミコが作った拘束具は魔術の発動を抑止する。
ぐるぐるまきになったツクヨミ。エスターはバタリと倒れた。
「ソラ! ヒメ!」
ヒメは急いでエスターの治療へ当たる。
「そ……ソルトさん!」
ソラが悲鳴に近い声をあげた。
「どうした!」
「すぐに……こちらへ!」
「どうした?」
「こいつは……ツクヨミ兄さんじゃない! ツクヨミ兄さんの影武者……ホシです!」
ソラは続けざまに叫んだ。
「すぐに……会場の封鎖を! まだここに……」
「おせぇよ……あのお方たちはこんなところにきちゃいねぇ。俺は指示を受けて動いていただけ。ふっ……じゃあな」
「だめっ! 卑怯者!」
ガリガリと歯ぎしりをするホシを止めようとソラは彼の口の中に手を突っ込んだ。しかし、努力も虚しく劇毒によりホシはすぐに動かなくなった。
「くそっ! あの剣さばき……すぐに魔術師のツクヨミ兄様ではなくシノビだと気がつくべきだったのに!」
ソラがホシの死体を殴った。
フィオーネがソラを羽交い締めにする。
「待てよ……。ここで王が大きなことをしでかすとなると目的は他に……?」
俺は嫌な予感がして王族が座っていた席に目をやった。
1人の男がゆっくりと歩いている。
「まずい! フィオーネ! 王女が狙いだ!」
俺とフィオーネ、そしてソラが飛び出した。フードの男が王女の周りの騎士たちをなぎ倒していく。
間に合え! 間に合え!
「ゾーイ!」
王女の目の前に立ちはだかったのはゾーイだった。フードの男は短い剣を振り上げた。
——俺はまた誰も守れないのか。
ゆっくり、ゆっくり時が動いているような気がした。
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