第116話 少女戦士エスター(1)


「どうぞ」


 エリーが出し居た紅茶に口をつけたのを確認して、俺はエスターの側を通る。ふわりと香る不思議な香りにエスターは眉を動かした。

 少し経って、エスターに異常がないことを確認して俺はエスターにツクヨミのことを話す。

 ちなみに、ミーナとエリーはこの儀式を済ませている。


「ほぉ……やはり」


「知っていたんですか」


「戦士部は国王陛下の敬愛を長らく受けていてな。お前も知っているだろう。しかし、ある時から戦士を毛嫌いするようになられたのだ。無論、私が就任してすぐだった故、私のせいかと思っていたが」


 エスターは「面白いな」と口角を上げた。

 

「なぜ貴女のせいだと?」


「私はこの容姿だ。国王陛下の敬愛する戦士像には程遠いだろう」


 ミーナの話じゃエスターの人生は壮絶だ。

 由緒ある戦士の家系に男子が生まれなかった。エスターの母親がエスターを生んだことで子供を授かることができなくなったことに絶望し、エスターを育てることなく、その後の戦いにて自暴自棄な攻撃を仕掛けて死亡。

 エスターは家系のプレッシャーを一身に背負いながらも「女だから」「体格が劣るから」となじられ続けた。

 いつしか、可愛らしい戦士の少女は笑わなくなった。

 ただ愚直に強さを目指すようになった。


「エスターさんのご家系は戦士の中でも騎士と呼ばれる品のあるご家系なんですよ」とミーナが言っていた。

 そう、この人が騎士の家系であるからこそこれに協力してもらうのだ。


 そうか。

 戦士というとバカなやつしかいないイメージだが上層部がそうではないのは戦士の中でも頭のキレる奴ら。すなわち魔物で言えば変異体のような奴らがいるからだ。

 それが戦士以外の血が何らかの形で遺伝をしているのかそれとも突然変異なのかはわからない。


——そして彼女は父親である前戦士部幹部を決闘で殺しその座を奪い取った。


「何か考え事か?」


「いえ、なんでも」


 俺はエスターが俺の話を聞いてくれるなんて思っていなかったが、彼女には彼女なりに王に対して何か不信感が……いやかなりあったのだろう。


「で、私に何をしろというのだ」


「エスターさんには2の矢を担ってもらいます」


 エスターは俺の計画を聞いてクスッと鼻を鳴らした。


「なるほど」


「お願いできますか」


「タダでとは言わんだろうな」


 食えない女だ。

 俺は仕方なく頷いた。


「成功すればです」


「私が関わるのであれば……戦士部の名にかけて。絶対に成功させてみせよう」


***


「へへっ、お師匠さんはやっぱ強いぜぇ」


 ぜぇぜぇと息を切らしながらフウタは口元についた血を拭った。

 一方でフィオーネは前髪が少し焦げた程度でほとんど無傷だ。


「フウタの魔術攻撃と剣術はもっと磨かないと読まれやすいよ。私でもすぐ覚えた」


「魔物の勘ってやつじゃないっすかぁ?」


「えへへ〜」


 バカまる出しのフィオーネの顔を見てフウタが呆れた顔をした。

 剣を手入れするために座り込んで磨き布をバッグから取り出し、フウタは農業用水路に足を突っ込んだ。


「お兄ちゃん! まかない〜」


 くろねこ亭からテイクアウト用のランチボックスを抱えたサクラが走ってくる。


「あっ、ソルトさんお帰りなさい! それと……エスターさん」


 サクラの声を聞いて目を丸くしたフィオーネとフウタは直立不動になって敬礼をした。

 エスターは冷たい視線のまま「こんにちは」と小さな声で言う。


「なんでエスターさんが?」


 お前には話しただろ……フィオーネの野郎。


「フウタ。私と稽古しなさい」


「えっ? 俺?!」


「そうだ」


「は、はいっ!」


 フウタが剣を構えた瞬間、俺が息を吸って吐く前にフウタはぶっ倒されていた。彼が持っていたはずの剣はエスターの左手の中にあり、フウタのおでこには大きなたんこぶができている。

 ぶっ倒れた本人も何が何だかわからないといった表情で目を白黒させていた。


「遅い」


 エスターは足音も立てずにフウタに歩み寄って剣を投げ返した。


「お前は自分の力に頼りすぎている。お前の魔法は他の戦士にはない能力だ。だがお前はそれに甘んじて戦士の基礎がなっていない。寄宿学校で何を学んだ?」


 フウタが悔しそうな顔で剣を鞘に納めた。


「いいか、お前は鑑定士のこの男に助けられたと言ったな」


 俺は名前を出されてひやっとする。

 エスターは真剣な顔のまま、フウタに言った。


「この男は鑑定士としてたくさんの仕事をこなした。それを見てお前は育ったのだな」


「そうだよ。ニイちゃんが俺とサクラを救ってくれた。工夫してどんなにでっかい魔物や悪い奴でもニイちゃんは見つけちゃうんだ。俺はすげぇと思った。ほんとはニイちゃんみたいな強くて何でも知ってるような冒険者になりたかった。けど俺は戦士だったから、みんなを守るために戦うってそう決めた」


 エスターは少しだけ優しい表情になってふかふかの草の上に腰を下ろした。ふわり、彼女のスカートが広がって風に揺れる。


「それは鑑定士の仕事だ」


 エスターは俺をちらりと見て、それからもう一度フウタを眺めた。


「鑑定士は、我々戦士のように優れた体格や腕力を持たない天職だ。だから、多くの工夫を凝らす必要がある」


 おぉ……バカにされているようなされていないような。


「鑑定士が戦士の真似事をすることは難しい。そして、我々戦士が鑑定士の真似事をすることもまた難しい」


 フウタが首をひねった。


「我々戦士は仲間を守るために愚直に戦うことが仕事だ。それを支え、工夫を凝らし戦いやすくすることが鑑定士や他の天職の仕事だ」


 エスターの言いたいことはよくわかった。

 ただ少しだけ、不器用すぎるのだ。


「そうだぞフウタ。サポートは俺やサクラに任せてお前は突っ込んでいけばいい。怪我したら回復術師が、腕がぶっ飛んでも医師が治してくれる。俺たちにはお前たちみたいな強い奴が頼りなんだ」


 俺にとって可愛い弟みたいな存在が、俺の大嫌いな戦士になった。

 俺は今、彼が立派な戦士になることを願っているのだ。


「お師匠さん! もっかい!」


 フウタがニカッと笑うとエスターは俺の方へと戻ってきた。

 その顔は少しだけ嬉しそうで、何だか彼女の人となりが見えそうな気がした。


「では、戦士部でできそうなことを共有にしきたんだ。茶を頼めるか」


 エスターに案内をしながら俺は自分の進歩を感じる。ただただ戦士に対する嫉妬や憎しみがだんだんと緩くなっている。

 おそらく、現場を離れているからかもしれないが……でも俺も丸くなったってことだな。


「その前にスイーツを食べるにゃ」


 シューを抱き上げて、俺は台所へと向かった。

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