第115話 リゾートダンジョン(3)

 日焼け後を気にしながらギルドで仕事をするミーナをエリーが励ましていた。


「日焼け後がひどくて……これじゃ夏服は厳しいかもしれないわ」


「胸の開いた服を着なければいいんじゃないですか」


 俺の発言にミーナは年甲斐もなく口をぷくりと膨らませた。

 彼女は最近胸の開いた服を着ている。俺がここで働き始めた当初は首の詰まったような服やセーターが多かったのだが……エリーがここで働くようになったからか?


「だって、ずっと苦しかったんだもの」


「ソルトさんにはわからないんですよ。女性の苦しさなんて」


 大袈裟だな……。まぁ胸にあんなでかい脂肪がついてるというのは男の俺に想像がつくもんじゃない。

 多分、重いし邪魔だし蒸れるんだろう。


「じゃあ、あの水着が悪いんじゃないですか」


「だっておしゃれくらいしたかったの!」


 ほんと、女のこの無限ループに付き合うのは面倒だ。サングリエくらいさっぱりすっきりしてくれていればいいものの。


「いいか」


 めちゃめちゃさっぱりした女がやって着た。

 戦士部幹部のエスターである。


「ふんっ……随分と暇そうだな」


 悪態をついてからエスターはソファーに腰をかけ、リゾートダンジョンが完成したと言った。請求書のやりとりは俺たちが行なっているのでその処理でやってきたのだろう。

 とはいえ、幹部が直々にやってくるというのはいささか不可思議ではあるが。


「何の用かしら」


「戦士部で何人か行方の知れない冒険者がいる。無論、受付や案内を調べて見ても彼らの足取りが掴めなくてな。お前は昨今話題の……」


 エスターが何かを言いかけた時だった。

 扉が開き、そして入ってきたのはの男たち。

 あまりの異様な光景にエスターは剣に手をかける。


「ソルト……特別顧問だったな。ヤマト王国王位継承者第1位アマテラス様誘拐の罪で捕縛する!」


「おい!」


 俺が声を上げる暇もなく後ろ手に縛られ、そして猿轡までくくりつけられた。


「これはギルド長および、この国の王も容認したことだ。剣をしまえ、小娘よ」


 エスターは両手を上げて敵意がないことを示す。

 ミーナとエリーは固まっていたし、ギルド内は騒然としている。


 俺が抵抗をすると男はぐいっと俺の手をねじりあげた。

 俺は痛みで悲鳴をあげ、そして床にうつ伏せの状態で組み伏せられる。


「抵抗はやめなさいソルトさん。大丈夫です、何もやっていないのならイザナギ様は話の通じる人のはず。今は抵抗してはだめ!」


 ミーナの言う通りだ。


「なら私も捕縛するにゃ。私はこいつの契約魔物にゃ」


 シューはぴょいと極東風のシノビたちの方へと飛び乗った。


「痛いのはやめるにゃ」


 女とみられる面を被ったシノビがシューを抱き上げた。

 俺も観念してたちがあると耳元で男が囁いた。


「今はご無礼をお赦しください。これもイザナギ様の計画……しばしこの芝居にお付き合いくださりますよう」


 容赦無く捩じ上げられた腕がギリギリと嫌な音を出す。

 俺は苦痛の表情を浮かべ、ミーナとエリーが泣きそうな顔をする。エスターは眉間にしわを寄せて今にもシノビたちに切り掛かりそうな勢いだ。


「にゃにゃっ!」


 シューの方もわざとらしい悲鳴をあげる。


「捕縛完了! では極東に連行する! ご協力いただいた御国の皆様誠に感謝いたしもうす!」


***


「手荒な真似をしてすまなかったね」


 よく知っているのはこのイザナギとイザナミと謁見ができる大きな間。俺は手厚く治療をされなんとか状況を理解しようとしているところだった。


「で、なんで全員呼んだんすか」


 俺だけでなく聴取をするということで農場の奴らやくろねこ亭のやつらもここへ連れてこられていた。


「君たちの国の王様を騙す必要があったんだ。そして、君にどうしても協力をしてほしかった。というよりは君以外に頼れる人がいないんだよ」


 イザナギは最高級の料理を振舞ってくれていたが、あまりの変化に頭がついていかない。


「なぜ、王様を?」


「勘が悪いな。坊主」


 この声は……。

 俺が振り返るとしたり顔のヒミコが幾重にも別れた尻尾を振った。その横にはヒメとソラ、そして申し訳なさそうに頭を下げたハクがいる。


「極東では最上級の魔術師は皆【へんげの術】が使えるのは教えたじゃろ」


「あぁ、そうだったな」


「で、イザナギ様はお主の国の王を疑っておられる」


「つまり……ツクヨミがうちの王様に成り代わっているってことか?」


 イザナギが深く頷いた。

 確かに、あれだけ戦士が大好きだった王様が魔物愛護団体を支持するようになったり、ここのところギルドの動きが悪かったのは王の権限によるものだった可能性もある。

 確かに、言われてみれば違和感のある部分が多かったかも知れない。あのエスターがギルド外部である俺を頼ってきていたのはじゃないのか?


「確証はあるんですか」


「あぁ……イザナミ」


 イザナミは1つの着物を俺たちの前に置いた。それは綺麗な空色の着物だ。

 ひっくり返してみるとべっとりと血がついていた。


「これは王位継承権2位。アマテラスの弟スサノオの着物。ツクヨミは彼を殺して……そしてアマテラスを攫ったのです。そしてこれを」


 イザナミが手に持った手鏡には美しい女性が写っている。どうやら彼女がアマテラスさんらしい。黒髪の美しい女性は悲しい顔で泣き、そして俺たちの国の王様が死んだ様子を語っている。


「これは?」


「この手鏡はアマテラスが攫われた晩、彼女が残したものです。そこにはツクヨミの悪行が語られていました。ああ……アマテラス。私の可愛いアマテラス」


「で、俺に何をしろと?」


「まったく、勘の悪い坊主だねぇ」


 ヒミコは余裕の表情で笑うと一つの小さな皮袋を俺によこした。中には粉末状で桃色の薬がたっぷり入っている。


「時をみてこれを振りかけてやるのさ。あんたのとこの王様にね」


「洗脳解除薬を飲ませ、そしてこの粉をふりかけても姿が変わらない人であれば協力を頼んでも大丈夫だ」


 ミーナ、エリー。それから……


「できるだけ多くの目の前で王の正体を暴くこと。それが目的ってことっすね」


 イザナギは頷いた。


「無論、ツクヨミの正体が割れたら……極東は御国に最大限の協力を表明しよう」


 そうか。

 まずはアマテラスをさらったのがツクヨミだと言うことを公言する。

 俺を捕まえ、そして解放することでこの問題をうちのギルドにも明らかにする目的があったわけだ。

 そして、ツクヨミという大きな敵がいることをギルドに知らせたあとで……俺がツクヨミが王に成り代わっていることを暴く。

 下手にこんなことをうちのギルドに伝えたら極東とうちの間で戦争になる可能性もある。俺たちがうまいこと立ち回って【ツクヨミ】を共通の敵と認識することで両国の衝突を避ける……ということなのだろう。


「ソルト君。頼んだよ」


「先にアマテラスさんを探すべきでは?」


「あの子はそう簡単にやられたりしない。ツクヨミもそれが目的じゃないだろう。何より……うちの息子が君たちの国をめちゃくちゃにしてしまう前に俺たちは止めなければならないだろう」


 魔物愛護団体の正体が俺たちの追っていた奴らかもしれない。

 いや、俺は根拠のない確信を持っている。


「俺に考えがあります」


 

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