第111話 罠師(1)

 ナディアの毛づくろいに付き合わされたあげく、俺は牛乳の運搬をしていた。今日はギルドの休みをもらって農場で1日を過ごす予定だ。

 

「さて、昼飯……昼飯っと」


 俺ははらっぱに座って弁当を広げた。家に戻るのもいいが、ちょっと騒がしいし。こいつらコボルトと一緒に食べるのは癒される。


「ん、食うか」


 くぅぅん


 可愛く鼻を鳴らしたシロとクロを撫でてそれからおにぎりを口に入れる。ソーセージはコボルトたちと半分こ。ジューシーな卵焼きはサングリエ特製で海藻の香りがとても食欲をそそる。


「うまっ」


 今度作り方教えてもらうか。

 サングリエはワイン工房を始めてから料理の腕がぐんぐん上がっている。

 俺のお株を奪われたわけである。


「そーるーとー!」


 うるせぇのがきた。

 ナディアである。元気一杯狼娘は俺の方へ大声をあげながらかけてくる。その顔はヘラヘラな笑顔……ではなく深刻な顔だ。


「どした?」


「あのね、あのね……クシナダお姉ちゃんからお話があるんだって」


 クシナダが?

 研究部関連だろうか。


「わかった。行く」


「ん!」


 ナディアは手をいっぱいに伸ばして俺に何かを要求する。

 

「何?」


「残りのおべんと。もったない」


「あー、はいはい」


 俺は残った弁当をナディアに渡す。ナディアはにっこりと笑顔になるとその場にしゃがんで弁当を食いはじめた。


***


「ダンジョンに入りたい?」


「ええ」


 クシナダは最後の脱皮を終えて随分大人っぽくなった。

 しっかり話せる相手がいるのは本当に助かる。


「最近、魔物の罠が増えているっていう報告が上がってね。研究部というか私に白羽の矢が立ったの」


 クシナダは毒戦士。無論、罠なんかには強いタイプではあるが……ダンジョンはほとんど未経験だ。

 小さい時に魔物を食わせに行ったことはあったが……。


「うーん、で俺たちに?」


「そう、パーティーを作りたいの。サングリエさんと……」


「なんでヒメじゃないのじゃ!」


 おぉ……いつのまにうるさいの2号が背後に。


「お前は一応要人だろ。おとなしくしてろって」


「私は協力してもいいわよ。クシナダの頼みならね」


 サングリエはよいしょとぶどうが入ったカゴを下ろして微笑んだ。クシナダの真っ赤な瞳がにこりと細くなる。


「で、俺と……後はフィオーネか」


「それと……じゃじゃーん! 私の一番弟子もですっ」


 フィオーネの後ろからひょっこりと顔を出したのは精悍な顔つきになったフウタだった。


「へへっ! 師匠と同じく主席卒業だぜ!」


 試しに剣を抜いて、フウタはさらりと刃の部分に触れて見せた。すると、剣を青色の炎が包み込み、炎の剣と化す。


「魔術剣士になったんだぜ!」


 おお……さすが優秀な天職の持ち主。

 

「気になってたんだが……お前とサクラって」


「あぁ、本当の兄妹じゃないってことだよな。サクラは鑑定士と薬師のハーフだったんだもんな」


 フウタは後頭部を掻いた。貧民街ではよくあることだ。

 大事なのはふたりの絆。


「魔術師はシュー。任務はクシナダを護衛しながらダンジョンに発生している罠の原因について調べることだ」


「おっしゃ! じゃあ行くか」


「おまちを〜!」


 ウツタが珍しくくろねこ亭から牧場まで来ただと?

 

「ダンジョンへ行くってリアさんから聞いて……これを」


 ふわり。

 俺の肩に乗せられた白くてふわふわの拳大の生き物は雪の精である。


「その子、ちゃんとお役に立ちますし……私とユキはその子を通じて話したり状況を確認することができますから……その。はい」


「ありがとうウツタ。それから……」


 ウツタの後ろに隠れているユキの頭を撫でてやる。まだ慣れていないがユキは控えめてとっても可愛い子だ。

 雪魔女ってのは控えめなのがとってもいい。うちの連中は主張が強すぎるのだ。


「ユキ」


 ユキは真っ赤になってウツタの着物の中に入ってしまった。慌てるウツタ。


「ナディアは?」


「ナディアはお留守番だ」


「えー! やだー!」


「サクラのお手伝いしとけ」


「はーい」


 耳をしゅんと下げたナディアはくろねこ亭の方へと走って行った。

 

「さて、各自準備したら研究部に集合な」


「はいっ!」


 俺はサングリエと一緒に一旦家に戻ることにした。久々のダンジョン。


「罠……か」


 ちょっと嫌な予感がする。

 俺を心配そうにみるサングリエをごまかして、俺はシューと一緒に部屋へと上がる。


「シュー、どう思う」


「多分、あいつらが絡んでると思うにゃ。でもソルトは何を心配してるにゃ?」


「いや、まだ眉唾だが……」


 なんとなく、なんとなくだけれど例の2人だけではなくもっと多くの人間が絡んでいるようなそんな気がしてならないのだ。


「もしも……やつらに賛同する人間が多くいたら?」


「そういう意味にゃ?」


「いや、なんでもない」


 シューは大欠伸をして人間の姿に戻ると大きな葉巻に火をつけた。足を組んで、煙を吐く。


「とにかく……検証してみにゃいとわからないにゃ」


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