第110話 ミーナの婚活(2)


「えっと、ミーナ・シュバインさん。ですよね」


 男の方はミーナの格好などどうでもいいようだった。

 ミーナの方は困惑した表情で俺の方を見た。

 プライドの高い医師ならすぐに帰るだろうとでも思っていたんだろう、

 だが、現実は違う。

 男はミーナをじっと見つめて、ミーナが話し出すのを今か今かと待っている。


「そうだけど」


 タメ口?!


「ぼ、僕は……」


「あなたの名前など興味ないわ」


 男はしょんぼりして俯いた。


「やはり、ダメですか」


 医師にしちゃ、結構いい人そうじゃんか。


「下手に出たってわかるわ。医師は薬師をバカにしてる。私を手に入れたらあなたはいばり散らすんでしょ」


 男は俯いたままだ。


「わかったよ」


 さっきとは違う声。

 

「年増の女だと思って下手に出たこっちがバカだった。薬師は薬師。物事の分別もつかないバカだったとは」


 飛び出ようとする俺をミーナが視線だけで止めた。怖い。


「ネル」


 ミーナが呼ぶと店の外からオレンジ色の髪をしたエルフが扉をあけて現れた。


「ネル、これが医師の本音です。わかりましたね」


 ネルは眉をピクリとあげた。

 ん?

 どういうことなんだ?


「あぁ、確かに。ミーナの言う通りだったようだ」


「な、な、なんでネル様が……?」


 男は驚いたようで、わなわなしている。

 

「ネル様が俺とこの人を……見合させると言ったんじゃないんですか」


「私のそばに置く人間にはいくつか試験を受けさせる予定だ。これも一つ」


 試験……?

 俺には話しておいてくれてもよかっただろう。本気でミーナに協力したこっちが損をしたぜ……。


「おにいちゃん、しけんってなあに?」


 最近仲間になった幼い少女が俺に言った。


「おためしってことだな」


「おためし?」


「そうだ」


 ミーナはため息をついて、俺が出したワインを飲んだ。

 そして、男に出ていけと言った。


「お前は不合格。薬師や女を軽んじる医師に未来はないだろう」


 ネルの言葉に男はがっくりとうなだれた。


***


「私は、医師が薬師と手を取っていける未来を目指している。先代の医師部長が残したものを私が遂行する。それがギルドにとってより良い未来だ」


 ネルは特盛の焼き鳥丼を目の前になんとも冷静に言った。

 そして、上品にフォークでそれを口にした。


「私も彼女のために一役買っているのよ」


 そういうことね。

 薬師であり女であるミーナを使ってその医師の本性を見ているというのだ。


「ふっ……お前の仲間の……なんといったか?」


 ネルは俺の方をじっと見る。

 俺?


「あ、ゾーイか」


「彼女が永久追放になってなければ。彼女を側近にして育て上げたかった。今となっては難しいがな。彼女はいい筋をしていた」


 ゾーイは今頃何をやっているのだろうか。

 帰ってこないところを見ると、極東で気に入られてうまいことやってるんだろう。多分。

 人に取り入ることは天才的だったし、何よりずる賢さはナンバーワン。

 ビッチっぷりも半端なかったし。


「はは、彼女はまぁ……個性的な子ですし。ネルさんに合うとはわかりませんよ」


 それにギルドの決定に反するわけにはいかないがな。


「私は女であり……そして人外だ」


 ネルは音を立てないように丼を置いた。


「だから、私に信用できるものはいない。みな、私の椅子を狙っている。足を掬おうとするものも多い。だから……信頼できる側近がほしい」


 ミーナはスープをふうふうしながらにこりと笑う。

 

「私が婚活? 好きな男性はもういますもの」


 ネルとミーナが顔を合わせてくすくすと笑った。俺はなんのことやらわからないままだが、この余興に付き合わされたのだ。


「にいちゃん、婚活ってなに?」


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