第108話 甘いワイン(2)

「サングリエ、冒険者に復帰は考えてないのか?」


 サングリエはかなり腕のある回復術師だが、今はワイン用の果樹園の主となっている。満足げだが、俺としては気がかりだ。


「考えてないわ。それにギルドへも仕事には行かないつもり」


 俺よりスローライフに徹底しているな。

 サングリエの膝の上で寝るシューはとても気持ち良さそうで、果樹園の木漏れ日をその黒い毛が反射している。


「そうか、どうして?」


「言ったでしょ。もう人が死ぬのを見るのがいやって。ギルドでも同じでしょう。回復術師ってのはそういう運命だから」


 果樹園に流れる小川の音が心地よく耳に入り、俺はうとうとする。


「ここでワインを作って、売って……それでおばあちゃんになるまでそれを続ける。そうだ、養蜂も始める予定なの」


「養蜂か、いいな」


「でしょ? ねぇソルトがその気になったら私……」


「ん?」


 サングリエは少し元気がなさそうで、それからすごく恥ずかしそうだ。

 またこいつ、厄介ごとを持ってきたって感じだな。


「おいおい、厄介ごとは勘弁してくれよ。サングリエまで」


 サングリエは少しだけ悲しそうに視線を下げた。

 ウツタとユキの揉め事で俺はエスターに貸しを作ってしまい散々な目にあってるし、花街の方の面倒まで見ているだけに割と手一杯だ。

 戦士たちが農場を手伝ってくれているおかげでなんとか保っているが、本格的に人を雇って農場を回そうかと考えているところである。


「違くて……子供とか欲しくないの?」


「子供はもう勘弁だな」


 クシナダ、ナディアにユキ。

 それだけじゃなくくろねこ亭にはたくさんのガキがいるし。


「えっ」


「魔物の子供やら貧民街の子供やら……めちゃめちゃいるだろ?」


「そ、そうね」


 サングリエが瓶に入ったワインを口にした。新しく開発した甘いワインだ。砂糖は未使用なのにこれだけの甘さになる。

 

「サングリエは? いい人いねぇの? なんなら果樹園を分離してもいいぜ」


 サングリエはぷくっと頬を膨らませた。


「しばらく結婚なんてしないもんっ」


 サングリエは立ち上がると管理小屋の方へと歩いて行ってしまった。

 そうか……結婚するならサングリエがいいかなと思ってたんだけど本人が嫌なんじゃ仕方ないなぁ。


 婚活……かぁ。


「ソルトはわかってないにゃ」


「え? なにを」


「にゃ〜」


 俺の膝に乗っかったシューは丸くなって寝息を立てる。俺はシューを起こさないように芝生に手をついた。

 俺が結婚して、子供ができたらその子はどんな天職になるんだろうか。

 リアと結婚すれば鑑定士、フィオーネなら? いやいや、サキュバスの血が入ったら大変なことになりそうだ。

 サングリエなら回復術師か鑑定士、ミーナなら薬師か鑑定士か。

 エルフって手もありだよな。

 ハーフエルフってめちゃくちゃ可愛いし、それにエルフの血が入ってると長生きだからよりたくさんの人生を楽しめるだろう。

 俺って母親が戦士と魔術師の血を引いてたらしいから覚醒遺伝で戦士が生まれる可能性もあんのか……。

 女の子なら天職なんかなくて、一般人として幸せに暮らしてほしいなぁ。


 果樹園で過ごす平和なひと時。

 遠くの方でナディアたちが遊ぶ声がする。小川のせせらぎに葉っぱの擦れる音も全てが俺の心を洗うようだ。


「サングリエか……」


 彼女みたいな華やかなタイプは俺なんか好きになってくれないさ。


「ソルトさーん! そろそろ仕込みお願いしますー!」


 サクラの呼びかけに答えて、俺はシューを抱き上げて立ち上がった。

 俺はシューよりも早く死ぬだろう。

 俺がいなくなった時、シューが寂しがらないように後継者を作っておくべきなのかもしれないなぁ。


「すみません、今日も大繁盛で。根菜のスープとガレットの材料がなくて。そば粉ってすぐ作れますっけ」


 サクラはメモを読みながら言った。


「ん、了解。先に戻っててくれ」


「はーい!」


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