第107話 甘いワイン(1)
「こんなにいいのか?!」
「あぁ、いいっすよ。今日売れなかった分ですし、それにギルドからの給料が少ないのはわかってますから」
流通部でもなかなか雇えなかった戦士たちにうちの農業を手伝ってもらっている。一応、審査をしてうちの従業員に危害が加えられないようにしてはいる。
まぁ、少なからず鑑定士の農場で手伝いをすることに了承してくれた奴らだ。そこまでの差別意識はなく、むしろ家族を守るために必死な人たちばかりだ。
「うちの子供がここの人参はよく食べてくれるんだよ。今度連れて来てもいいかい?」
この戦士は腕がない。モンスターに食いちぎられたらしい。
「すみません、いつも重労働ばかりさせて」
「いいんだ、俺らは嫁さんに捨てられて貧民街行きを逃れただけで幸せなんだから。それに、こうやって何を育てるってのはいいなぁ!」
正直、廃棄野菜が減るのはとても嬉しい。くろねこ亭でも捌き切れない野菜たちを美味しく食べてくれる人がいるのはありがたいことだ。
戦士という生き物が大嫌いな俺でもこうして関係を築いていけば個人個人を好きになることはある。
それは戦士からみても同じかもしれない。
俺たちを信頼して、尊敬して、そして頼ってくれる。
冒険者として生きることが、命を削って戦うことがどんなにストレスフルなことが思い知った。
「ソルトー、肉を焼くにゃ」
「はいはい」
シューに急かされた俺は戦士に手を振ってから家へと戻った。ヒメとユキの関係はいまだにぎこちないが少しずつ慣れて来て……
というか、ユキが「エスターさんの契約魔物になる」と言って聞かない方が問題だった。
***
「あぁ、エスターさんの契約魔物が死んだのはいつって?」
ミーナは含み笑いをしてから
「あの人は魔物にしか心を開かない珍しい戦士なの」
と言った。戦士として全く矛盾しているが、どういう意味なんだろう?
「前の契約魔物のミニドラゴンは寿命でね。エスターのお祖父様の代から受け継いだミニドラゴンだったらしいわ。そう、雪魔女を欲しがったの。珍しいわね」
俺は書類にサインをしながら、ミーナの話を無視した。
俺が死んだら、シューはどうなるんだろうか。あいつとはダンジョンの中で出会って……俺が肉を分けてやってから仲良くなった。
あいつがどんな魔物なのかそもそもわかってないし、何よりあいつの年齢を俺は知らない。
「寿命……か」
「私たちエルフは人間よりも寿命が長いから、あなたに何かあったら私が引き取るわ」
エリーが冗談半分に笑って見せた。
確かに、エリーにならシューはかなり懐いているし……。
「あっ、でもソルトくんには頼りになるお嫁さん候補がたくさんだものね」
エリーまで親父みたいなこと言わないでくれ。
ミーナがクスクスと笑う。
「そうそう、サングリエちゃんが一番候補? 彼女の作るワインが美味しいって評判なのよ。うちも一つもらったんだけど甘いのと辛いの。あとこれ、ピンク色で可愛いでしょ?」
ミーナは棚に置いてあるワインを指差して言った。独身貴族のミーナは仕事終わりにこの執務室で一杯引っ掛けてから帰ることも多いらしい。
俺なんて忙しくて酒を嗜む暇もないというのに……。
「商才がある夫婦って感じよね、サングリエさんとソルトさんって」
エリーとミーナの話がはずむ。俺は無視して書類の山と向き合った。
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