第106話 ウツタと女の子(3)
「ユキー!」
くろねこ亭には来ていないとサクラから聞いて、俺たちは貧民街でユキを探している。夜の貧民街の治安は御察しの通り鬼のように悪い。
「リア、こっちは俺とフィオーネに任せて。お前はギルドの方へ行って……できればヴァネッサに協力を頼んでくれ」
リアは大きく頷いてギルドの方へと向かった。
「おい、おっさん。こんくらいの可愛い女の子見なかったか」
ホームレスだと思われるおっさんに声をかけてみても無視。多分このおっさんはドラッグ中毒かなんかだろ。
「おぉ、にいちゃん。小さい子ならさっきそっちに行ったぞ」
冷やかしか、冷やかしでもいいか。
俺は別のおっさんが言った方向へと足を走らせた。ひどい臭いのゴミ捨て場から見える子供の足。
おいおい、嘘だろ!
「おにいちゃんだあれ?」
「あぁ、なんでもないよ、邪魔してごめんな」
ゴミ漁りは貧民街のこどもの仕事の一つであるが……。
「今度くろねこ亭へ来るといい、大きな猫さんの絵が目印だよ。そこで美味しいご飯とお勉強ができる。あったかい布団もある」
少女が笑顔になって走っていった。
いや、こんなことしている場合じゃないって!
「なぁ、このくらいの女の子みなかったかい?」
少女は少し考え込んでから
「泣きながら走ってる子ならみたよ。ぎるどの方へと行ったとおもう」
ありがとうとお礼を行ってから俺はギルドへと向かった。
***
「だーめっ! お父さんとお母さんは?」
「いない」
ポートの前で押し問答するシャーリャと小さな女の子。俺を見つけたシャーリャは安心したのか目で訴えて来た。
「ユキ!」
ユキは真っ赤に腫れた目で泣いていた。なんで彼女がポートに入ろうとしていたか想像はつくが確認する。
「どこに行こうとしてたんだ?」
「ユキは危ない魔物だからダンジョンに住むの!」
なんという発想。
フィオーネより頭いいんじゃないか?
ってかなんでギルドからダンジョンに行けるって知ってたんだろう。
「くろねこ亭の子達がいってたもん。ギルドからダンジョンに入れるんだって。たくさん怖い魔物がいるから近づいちゃいけないって。ユキは、ユキはその怖い魔物の1人なんだもんっ。ママたちが話してるの聞いたもんっ」
そういうことね。
俺たちの話を聞く前にくろねこ亭で子供たちといろんな話を聞いていた。子供ながらにその情報をつぎはぎしてここまで辿り着いたわけだ。
「いや、ユキ。ユキは危ない魔物なんかじゃない。ウツタ……ママと同じ怖くない魔物だ」
ユキはぶんぶんと首を降る。
「だって……お姉ちゃんたちが言ってたもん。ユキは危ないって。危険でフキツな魔物だって言ってたもん」
えーん。とお手本のような泣き声をあげるユキに俺がまごまごしていると。
「そうだな、確かに君は危険な魔物だよ」
コツコツとか細い足音、小柄な女性はいつも通り表情がない。可愛らしい顔なのにそのせいで怖い。
エスターだ。
こんなところに戦士部がいるなんて、しかも幹部が。
「エスターさん、この子はうちの……その敵意はありません。ですから」
ユキはエスターの気迫を感じ取って俺の後ろに隠れた。まさに魔物の勘。
「私は危険な魔物が嫌いなの」
俺は思わず身構えてユキを守るように体制をとった。ユキは恐る恐るエスターの方を見ている。
「ユキは危険なの?」
ユキの疑問にエスターは頷くことで答えた。
「何度もお前の同胞と戦ったよ」
「同胞ってなに?」
俺は「ユキやウツタとは別の雪魔女ってことだ」と答えてやるとユキは理解したようでブルブルと震えた。
「そして……すべて私が勝った」
エスターは冷たい笑みを浮かべた。
「ユキを……殺すの?」
エスターは呆れたように鼻で笑った。
「お前は自分が危険だからダンジョンへ入ると言ったな。けれど、私ごときに怖がるような子どもが、どうやってダンジョンで生き残る? 有象無象、恐ろしい魔物がひしめくダンジョンでどうやって戦う?」
ユキはぎゅっと俺の服の裾を掴んだ。
エスターが彼女を攻撃することはないだろう、多分。
「それに……ダンジョンにいくなら私のような強者と戦うことになる。お前にはその覚悟があるのか?」
ユキは
「でも……ユキは危ないって。フキツだって」
またえーんと泣き出す。
エスターは子供が泣いていても何一つ表情を変えない。
「それは、お前が強いという証ではないか。何を悲観する。強いことが正義の世界だろう。そんなアホなことを言う輩は放っておけ」
エスターは不器用に微笑んでから
「私は強い者が好きだ。だから、何も悲観することはない。お前はきっと良い冒険者になる」
子どもってのは単純なものだ。ユキから漂っていた冷たい空気がふわりと暖かくなって、ユキは俺の後ろからエスターの方へと駆け寄って行った。
エスターは困ったような嬉しそうな顔で口角だけを微妙にあげて、ユキの視線に合わせるようにかがんでから
「私の契約していた魔物が亡くなってな。欲しいと思っていたんだ。雪魔女か。いいじゃないか」
ジロジロとユキを眺めて値踏みするように俺に言った。
「この子を私にくれないか。悪いようにはしないよ。あぁ、ただ長生きできるかはこの子次第。根性がありそうだ」
「だめ〜!」
ギルドに走りこんで来たウツタがユキを抱きしめた。入り口の方にはソラに連れてこられたヒメもいる。
「ユキは私の農場でのんびり平和に暮らすんですぅ。戦いなんてダンジョンなんて危ないです、絶対だめ!」
「ママ……でも」
申し訳なさそうにヒメたちを見るユキ。
「雪魔女がフキツなのは極東での言い伝え、ここは異国。ヒメが間違っていたのじゃ。その……ヒメが悪かった……のぉ」
ぷくっと頬を膨らませた謝罪にイラッとしたのは俺だけだったようで、ウツタは深々と頭を下げた。
「あら、でも私との契約は考えておいて。あなたは強いわ。ユキ……」
エスターは凛とした表情で言うと俺に
「一つ貸しだ。この前の話、協力してもらうぞ」
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